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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


フェルディナント・フォン・シーラッハ『刑罰』(東京創元社)

 フェルディナント・フォン・シーラッハの短編集『刑罰』を読む。まずは収録作。

Die Schöffin「参審員」
Die falsche Seite「逆さ」
Ein hellblauer Tag「青く晴れた日」
Lydia「リュディア」
Nachbarn「隣人」
Der kleine Mann「小男」
Der Taucher「ダイバー」
Stinkefisch「臭い魚」
Das Seehaus「湖畔邸」
Subotnik「奉仕活動(スポートニク)」
Tennis「テニス」
Der Freund「友人」

 刑罰

 シーラッハのデビュー作『犯罪』は実に衝撃的だった。続く『罪悪』もそれに勝るとも劣らない傑作で、その後に発表された長編も問題作だらけ。弁護士という本職を活かした作品、といえば何となくわかったような気になるけれど、実際に読んでみるとそんな単純なものではない。

 犯罪の陰に潜むさまざまな人間の営み、あるいは法律では救われない人間の業。合理的に割り切ることができない人間の闇、この不条理で残酷な世界を、シーラッハは事件を通して淡々と描いてゆく。
 そう、あくまでシーラッハはその事実を伝えるだけで、そこにどんな意味があるか、正義は遂行されたのか、断言することがない。だから中にはかなりモヤモヤの残る作品も少なくないのだけれど、だからこそ読者はがっつり登場人物の心について向き合わなければならず、善悪とは何なのか考えなければならないのだ。

 ただ、シーラッハは突き放すだけではない。作品はどれも大したボリュームはないのに、彼または彼女の半生を描くことで、犯罪者の動機や背景を読み解くヒントも与えてくれる。シーラッハの短編はどれも本当に短い作品ばかりだが、そういった前振りを惜しげもなく盛り込ことで、短いながらも長編に負けないぐらいのコクを生むのである。
 シーラッハの作品にとてつもなく惹きつけられてしまうのは、そんなところにも秘密があるのかもしれない。

 文章も相変わらず削げるだけ削いだキレッキレのシンプル描写。この一見、淡々とした文章があるから、事実がより鮮明に浮かび上がっているわけで、これは訳者の酒寄氏の力もかなり大きいだろう。

 ということで本作も圧倒的な傑作。このところ長編が多かったけれど、やはりシーラッハは短編にかぎる。

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Comments

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solaさん

ご無沙汰です。ブログ移転されたんですね。今後ともよろしくお願いします。

『刑罰』はいいですよお。長編も悪くはないですが、シーラッハはやはり短編ですね。どうぞお楽しみください。

Posted at 23:34 on 06 14, 2020  by sugata

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ご無沙汰しました

blog曾良庵です。ご無沙汰致しまして大変恐縮です。
先頃blogを移転、新規開設しましたゆえ、恥をしのんでご挨拶に立ち寄らせて頂きました。お時間ある時にでも覗いてやってください!!

勝手ながらTwitterフォローさせて頂きました。お元気そうで何よりです。

フェルディナント・フォン・シーラッハの短編集『刑罰』は読んでおりませんでした。『犯罪』であんなに衝撃を受けたのに、『コリーニ事件』でちょっと躓いてしまって。。。やはり私も長編より、氏の短編が好きです。近々、さっそく読んでみたいと思います。

Posted at 23:27 on 06 14, 2020  by sola

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Ksbcさん

いや〜良かったですね。
もう免疫できているかと思ったんですが、まったくそんなことなく、ちょっと比較できる作家がいないくらい独自の世界をもっていますね。
いま好きな作家5人選んだら、間違いなく入れたい作家です。

Posted at 19:50 on 12 22, 2019  by sugata

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キレキレの文章に深〜い背景。
本当にシーラッハは読んで良かったと思わせる稀代の短編作家だと思います。
酒寄氏の翻訳も素晴らしいことは言うまでもなくですね。

Posted at 12:30 on 12 22, 2019  by Ksbc

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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