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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ウィルキー・コリンズ『ウィルキー・コリンズ短編選集』(彩流社)

 ウィルキー・コリンズといえば英国ヴィクトリア朝時代の人気作家だが、ミステリファンには『白衣の女』や『月長石』の作者としておなじみだろう。特に『月長石』は英語で書かれた初の長篇ミステリということで、その歴史的価値はもちろんだが、何より小説として楽しめるので、ミステリファンなら一度は読んでおいたほうがよい。意外なほどサクサク読めることに驚くはずだ。
 とはいえ、なんせあの分厚さである。持ちにくいだとか、途中で飽きたらどうしようとか、腰が引ける人も少なくないはず。そこで、そんな人にオススメなのが、今回ご紹介する『ウィルキー・コリンズ短編選集』である (なんだか通販番組みたいな書き出しになってしまった)。

 ウィルキー・コリンズ短編選集

The Diary of Anne Rodway「アン・ロッドウェイの日記」
The Fatal Cradle: Otherwise the Heart-Rending Story of Mr. Heavysides「運命の揺りかご」
Mr. Policeman and the Cook「巡査と料理番」
Miss Morris and the Stranger「ミス・モリスと旅の人」
Mr. Lepel and the Housekeeper「ミスター・レペルと家政婦長」

 収録作は以上。短編が五作と、それほどのボリュームではないので、『月長石』とは違って、手軽にコリンズの魅力を味わうことができる。
 ではコリンズの魅力とは何か、ということになるのだが、まずはストーリー作りの上手さ。本書収録の作品は短編ゆえ、それほど複雑なプロットではないけれど、こう書けば盛り上がるというツボを心得ているというか、アイデアをストーリーに落とし込む技術がお見事。加えて活き活きとしたキャラクターの描写がある。特に女性の描き方がうまくて、ハッピーエンドでもバッドエンドでもヒロインの姿はどれも印象に残る。
 もちろん今の目でみるとベタな印象も受ける作品もあるし、ごくオーソドックスなものではあるが、19世紀半ばでこのお話作りの上手さはさすがである。しかも新訳で読みやすいこともあり、古さも感じさせない。

 以下、各作品のコメントを簡単に。
 「アン・ロッドウェイの日記」は下宿屋で暮らす貧しい娘・アンの冒険譚。同じ下宿屋で共に暮らす友人が、ある夜、頭を打って運ばれ、そのまま息を引き取ってしまう。彼女が持っていた布切れをもとに、アンは友人が何物かに襲われたのではないかと考え、その犯人を捜そうとするが……。
 サプライズまでは期待できないが、サスペンス小説としての体裁はけっこうしっかりしており、何より日記を通して描かれるヒロイン・アンの健気な姿勢、心情が印象的だ。

 航海中の船内での赤ん坊取り違え事件を描いたのが「運命の揺りかご」。
 語り手が取り違えられた赤ん坊の一人というのも珍しいが、決してシリアスにせず、あえてユーモラスに悲劇を描いている。一応、バッドエンドなんだろうけれど、怒りながらも達観したような語り手の嘆き節がまた面白い。

 「巡査と料理番」は本書中、一番ミステリらしい作品。
 ある夜のこと、下宿屋の料理番の娘が、下宿人のある夫人が夫を刺し殺したといって警察に駆け込んでくる。しかし、捜査は行き詰まり、やがて出世を夢見る主人公の巡査一人だけが黙々と捜査を続けていくが、いつしか料理番の娘と巡査は愛し合うようになり……。
 サスペンスもあり、ちょっとシムノンを連想させるかのような味わい。余韻も含めて個人的にはもっとも気に入った一作。

 一転して「ミス・モリスと旅の人」はユーモラスなラブロマンス。
 ある港町で家庭教師をするミス・モリスは、見知らぬ男性と出会い、双方とも密かに好印象を抱くのだが、プライドの高さと恥ずかしさのため、そのまま別れてしまう……。
 いわばツンデレヒロインを主人公にしたラブコメであり、「アン・ロッドウェイの日記」のヒロインとは別の意味で印象に残る。コリンズは本当に女性の描き方が巧い。

 プロット作りの巧さがもっとも発揮されているのは「ミスター・レペルと家政婦長」か。
 資産家の独身紳士レベルは、伯父の屋敷を訪れたとき、門番の娘スーザンと知り合い、彼女のフランス語の勉強を手伝うことになる。そんなレベルに対してスーザンは恋心を抱くものの、鈍いレベルはスーザンの気持ちに気づくこともない。一方でスーザンに対して恋心を抱いたのが何とレベルの親友ロスシー。しかし、ロスシーは財産がないため結婚には踏み切れないでいた。そんなロスシーの悩みを知ったレベルは、病気が悪化したこともあり、ロスシーに奇妙な提案をするのだが……。
 と、ここまでなら三角関係をネタにしたロマンス小説で終わるのだが、それだけでも十分楽しめるところに、タイトルにある“家政婦長”が絡めでくるのがミソ。

 というわけで予想以上に楽しめる一冊。コリンズの魅力を再確認する意味でもよいし、入門書としてもOK。ううむ、長年積んでいる臨川書店の『ウィルキー・コリンズ傑作選』もそろそろ読むべきか。


Comments

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ルルさん

おお、2巻以外揃っているとは素晴らしい。私はまだ3、4冊ほど残っていたはずなので、読むのはもうちょっと揃ってからでしょうか。『ノー・ネーム』や『アーマデイル』の中巻だけとか、なかなか売ってないんですよね。まあ、新刊で買えばいいんでしょうが(笑)。

Posted at 21:51 on 09 08, 2023  by sugata

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コリンズ

こんにちは
私は3年ほど前からコリンズにはまり、少しずつ買い集めて臨川書店の全集も第2巻以外は持ってます。この全集で最初に呼んだのが『バジル』でしたが、なんともいえない不穏な空気が漂う作風が好きになりました。今のところ「ノーネーム」が気に入ってますし、またいつか読んでみたいです。
岩波の『夢の女・恐怖のベッド』では、「家族の秘密」がなぜか好きで、しんみりとしました。

Posted at 21:06 on 09 08, 2023  by ルル

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くさのまさん

臨川書店のコリンズ傑作選はリアルタイムでは買っていないんですよね。高いのもありましたし、そのときは本当に興味をもって読めるかどうかわからなかったので(笑)。
その後、古書店でぼちぼち集めている状態で、まだ全部揃っていないんですが、ネットで見たら、この傑作選がまだ現役のようでびっくりしました。

Posted at 11:46 on 03 08, 2020  by sugata

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やはりお持ちでしたか❗

 私も臨川書店の全12巻、当時は収入もあったので買ってしまいました。
 岩波の『夢の女・恐怖のベッド』も読みましたが、私はコリンズの主戦場はやはり長編ではないかと思っております(とは言え、本書もこちらを読んでいて欲しくなってしまいましたが(笑))。
 積ん読では負けない人間なので(笑)、『ノー・ネーム』しか読了しておりませんがこれは傑作です。ハードカバー三冊を一気読みさせるリーダビリティーがありますので、是非是非ご一読をお勧めする次第(←これはこれで宣伝臭いなぁ(笑))。うん、なんだか自分もコリンズ読みたくなってきたぞ❗

Posted at 23:30 on 03 07, 2020  by くさのま

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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