- Date: Wed 29 04 2020
- Category: 国内作家 泡坂妻夫
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
- Response: Comment 4 Trackback 0
泡坂妻夫『亜愛一郎の逃亡』(創元推理文庫)
泡坂妻夫の『亜愛一郎の逃亡』を読む。亜愛一郎シリーズの第三短編集にして、最終巻でもある。まずは収録作。
「赤島砂上(あかしまさじょう)」
「球形の楽園」
「歯痛(はいた)の思い出」
「双頭の蛸」
「飯鉢山(いいばちやま)山腹」
「赤の讃歌」
「火事酒屋」
「亜愛一郎の逃亡」

『〜狼狽』、『〜転倒』と続いたシリーズもこれでラスト。シリーズ作品の常として、どうしても後期の作品ほどレベルは落ちてしまうものだが、本短編集もやはり『〜狼狽』、『〜転倒』に比べると少々物足りなさを感じてしまう。とはいえ、それは著者自身の傑作と比べるからで、そういうフィルターを外せば決してレベルが低いわけではなく、十分に楽しむことができた。
本シリーズの特徴として、キャラクターの魅力や言葉遊び、奇妙な謎と意外な真相など、いろいろなものがあるだろうが、三冊読んでより感じたのはロジックの妙。いや、ロジックというのとも少し違うか。なんというか亜の謎解きシーンが楽しいのである。
『〜狼狽』の感想でも少し触れたが、まず“気づき”がいい。目の前で起こっている出来事について、亜は普通とは違う“何か”に気づき、その理由を考え、推理を巡らせてゆく。そして、最終的にはその出来事すべてが事件のうえで意味のあることばかりだったことを解明する。極端にいうと、すべての出来事が伏線であり、それを回収してみせるのである。もう、三巻目の本書収録作品ともなると、事件解決だけさらっとやってしまって、そのあとにじっくりと謎解き場面が始まる作品も多い。いかに著者が推理することを楽しんでいたかの証ともいえる。
以下、作品ごとに簡単なコメントを。
「赤島砂上」はヌーディスト島にやってきた闖入者の謎を解き明かす。のっけから奇妙な事件だが、実はほぼ事件らしい事件も起きず、いきなり真相が明らかになる構成が見事。ただ、材料は少なく、けっこう決定的な描写が序盤にあるので、勘のいい人は見破れるかも。
「球形の楽園」は珍しくトリックで読ませる感じだが、ある人気作家の有名作品に先例があるのが惜しい。とはいえ先にも書いたように、亜の“気づき”がなかなかいい。
亜シリーズはユーモラスな作品ばかりだが、「歯痛の思い出」は大学病院で展開するとりわけ愉快なストーリー。事件など何もないような状態からいきなり謎解きが始まるパターン、そのうえでの意外な真相という構成は強烈なインパクトを残す。
山奥の湖に巨大な相当の蛸がいるという情報を聞き、やってきた記者が遭遇するダイバー殺害事件が「双頭の蛸」。トリックや推理のカギとなる写真の扱いが巧く、わりとちゃんとしたミステリなのだが(笑)、ところどころに挿し込まれる、記者がリアルタイムで書いていると思しき記事が楽しい。
「飯鉢山山腹」は化石の発掘に同行した亜が、山中での車の転落事故に見せかけた殺人事件に巻き込まれる。アイデア自体はわかるのだが、現実的でない部分があって、本書中では落ちる一作。
「赤の讃歌」は発想が素晴らしい。赤色に拘る画家の展覧会にやってきた美術評論家の玲子は、画家の作風の変化に納得がいかず、頭を悩ませていた。しかし、その秘密を見抜いたのは、何ら美術知識も持たないの亜愛一郎だった。これも“気づき”が秀逸。
「火事酒屋」は本書中のベストか。火事好きの酒屋の主人とその夫婦、そしてたまたま居合わせた亜が火事騒ぎに巻き込まれる。チェスタトンの作風を喩えに出されることの多い亜シリーズだが、本作などはその筆頭かもしれない。お見事。
本書だけでなく、シリーズの掉尾を飾るのが「亜愛一郎の逃亡」。まあ、事件やトリックそのものは大したことがないけれど、亜がトリックを仕掛ける側に回ること、そして何よりフィナーレ的な作品として書かれていることが最大の特徴だろう。
ここでシリーズの登場人物を総登場させたり(しかも幾人かは時の流れを感じさせる趣向まで)、亜の秘密や作品内で頻繁に登場してきた“三角形の形の顔をした洋装の老婦人”の正体も明かされる。おそらくシリーズ当初からこういうラストを考えていたのだろうなと思うと、つくづく著者の遊び心に驚嘆するしかない。
「赤島砂上(あかしまさじょう)」
「球形の楽園」
「歯痛(はいた)の思い出」
「双頭の蛸」
「飯鉢山(いいばちやま)山腹」
「赤の讃歌」
「火事酒屋」
「亜愛一郎の逃亡」

『〜狼狽』、『〜転倒』と続いたシリーズもこれでラスト。シリーズ作品の常として、どうしても後期の作品ほどレベルは落ちてしまうものだが、本短編集もやはり『〜狼狽』、『〜転倒』に比べると少々物足りなさを感じてしまう。とはいえ、それは著者自身の傑作と比べるからで、そういうフィルターを外せば決してレベルが低いわけではなく、十分に楽しむことができた。
本シリーズの特徴として、キャラクターの魅力や言葉遊び、奇妙な謎と意外な真相など、いろいろなものがあるだろうが、三冊読んでより感じたのはロジックの妙。いや、ロジックというのとも少し違うか。なんというか亜の謎解きシーンが楽しいのである。
『〜狼狽』の感想でも少し触れたが、まず“気づき”がいい。目の前で起こっている出来事について、亜は普通とは違う“何か”に気づき、その理由を考え、推理を巡らせてゆく。そして、最終的にはその出来事すべてが事件のうえで意味のあることばかりだったことを解明する。極端にいうと、すべての出来事が伏線であり、それを回収してみせるのである。もう、三巻目の本書収録作品ともなると、事件解決だけさらっとやってしまって、そのあとにじっくりと謎解き場面が始まる作品も多い。いかに著者が推理することを楽しんでいたかの証ともいえる。
以下、作品ごとに簡単なコメントを。
「赤島砂上」はヌーディスト島にやってきた闖入者の謎を解き明かす。のっけから奇妙な事件だが、実はほぼ事件らしい事件も起きず、いきなり真相が明らかになる構成が見事。ただ、材料は少なく、けっこう決定的な描写が序盤にあるので、勘のいい人は見破れるかも。
「球形の楽園」は珍しくトリックで読ませる感じだが、ある人気作家の有名作品に先例があるのが惜しい。とはいえ先にも書いたように、亜の“気づき”がなかなかいい。
亜シリーズはユーモラスな作品ばかりだが、「歯痛の思い出」は大学病院で展開するとりわけ愉快なストーリー。事件など何もないような状態からいきなり謎解きが始まるパターン、そのうえでの意外な真相という構成は強烈なインパクトを残す。
山奥の湖に巨大な相当の蛸がいるという情報を聞き、やってきた記者が遭遇するダイバー殺害事件が「双頭の蛸」。トリックや推理のカギとなる写真の扱いが巧く、わりとちゃんとしたミステリなのだが(笑)、ところどころに挿し込まれる、記者がリアルタイムで書いていると思しき記事が楽しい。
「飯鉢山山腹」は化石の発掘に同行した亜が、山中での車の転落事故に見せかけた殺人事件に巻き込まれる。アイデア自体はわかるのだが、現実的でない部分があって、本書中では落ちる一作。
「赤の讃歌」は発想が素晴らしい。赤色に拘る画家の展覧会にやってきた美術評論家の玲子は、画家の作風の変化に納得がいかず、頭を悩ませていた。しかし、その秘密を見抜いたのは、何ら美術知識も持たないの亜愛一郎だった。これも“気づき”が秀逸。
「火事酒屋」は本書中のベストか。火事好きの酒屋の主人とその夫婦、そしてたまたま居合わせた亜が火事騒ぎに巻き込まれる。チェスタトンの作風を喩えに出されることの多い亜シリーズだが、本作などはその筆頭かもしれない。お見事。
本書だけでなく、シリーズの掉尾を飾るのが「亜愛一郎の逃亡」。まあ、事件やトリックそのものは大したことがないけれど、亜がトリックを仕掛ける側に回ること、そして何よりフィナーレ的な作品として書かれていることが最大の特徴だろう。
ここでシリーズの登場人物を総登場させたり(しかも幾人かは時の流れを感じさせる趣向まで)、亜の秘密や作品内で頻繁に登場してきた“三角形の形の顔をした洋装の老婦人”の正体も明かされる。おそらくシリーズ当初からこういうラストを考えていたのだろうなと思うと、つくづく著者の遊び心に驚嘆するしかない。
- 関連記事
-
-
泡坂妻夫『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』(新潮文庫) 2020/09/26
-
泡坂妻夫『ヨギ ガンジーの妖術』(新潮文庫) 2020/08/10
-
泡坂妻夫『亜愛一郎の逃亡』(創元推理文庫) 2020/04/29
-
泡坂妻夫『妖女のねむり』(創元推理文庫) 2020/04/25
-
泡坂妻夫『喜劇悲奇劇』(カドカワノベルズ) 2019/12/08
-
>この頃の泡坂先生は伏線魔で〜
全体的には遊び心満載なのに、描写に関してはすべてが伏線で遊びが一切ないという、この矛盾(笑)。本当にすごいですね。
私のトップ3は「火事酒屋」、「歯痛の思い出」、残るひとつは「球形の楽園」もしくは「双頭の蛸」ですかねえ。
『亜智一郎の恐慌』は読んだことがないので楽しみではあるんですが、だいたい発表順に読み進めているので、まだ当分先になりそうです。