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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ジョセフィン・テイ『美の秘密』(ハヤカワミステリ )

 ジョゼフィン・テイといえば『時の娘』で知られる英国の本格探偵作家だが、これまでに読んだ範囲では意外にオーソドックスな本格ものは少なく、本格をベースにしつつも設定やアプローチにけっこう趣向を凝らしているのが印象的である。まあ『時の娘』からして歴史物&安楽椅子探偵という、かなり特殊な作品だったわけだが。
 とにかくその趣向の面白さがテイの持ち味で、本日の読了本『美の秘密』でもその持ち味が十分発揮されていた。

 こんな話。女優マータの誘いで流行作家ラヴィナ・フィッチの出版記念パーティに参加したアラン・グラント警部。彼はそこで、ラヴィナの甥でBBCの解説者を務めるウォルターに会いにきたというアメリカ人写真家の青年シャールと知り合いになる。ラヴィナとシャールを引き合わせたグラントだったが、それを聞いたマータはシャールがトラブルの種になるのではと心配し、やがて、それが現実のものとなる……。

 美の秘密

 野球のピッチングは、小説や映画のレビューで喩えとして使われるれることがよくある。曰く「真っ向勝負のストレート」であれば、外連味のないオーソドックスな力作、曰く「キレのある変化球」であれば、トリッキーな趣向を凝らした作品などなど。
 そんなイメージでいくと、本作などさしずめ「つい見逃してしまう絶妙な変化球」ということができるだろう。豪速球でもなく鋭い変化球というわけでもない。これだったら打てるんじゃないかと打者(読者)に思わせつつ、最後のところで結局は手を出せないという著者ならではの騙しのテクニックである。

 シャールがラヴィナたちの暮らす村へやってきたことで、村には小さなさざ波が起こる。その中心となるのはウォルターとその許婚リッツ、そして二人の間に割って入るシャールの存在だ。本人たちは表面的には仲睦まじいが、周囲の者にとっては穏やかな状況ではない。また、シャールに反感をもつ村の芸術家たちも現れる。そんななかウォルターとシャールは取材旅行に出かけ、シャールが失踪するという事件が起きてしまう。
 ここまででボリュームの半分弱といったところで、果たして事件なのかどうかもわからないまま、グラント警部が駆り出され、シャールの死体を探す羽目になる。そもそもシャールは死んでいるのか、本当に殺人事件なのか、もし殺人ならやはりウォルターが犯人なのか、それともシャールを快く思わない村の芸術家たちなのか……この何ともいえぬ宙ぶらりんな展開。しかも事態がどう転んでも、正直それほど意外性はなさそうに思えるのだが……。
 ところが、いざ明かされるラストの真相は、かなり予想の斜め上をいくものだ。しかし、それまで積み上げてきた描写の巧さがあり、動機も含め、しっかり落ちるところに落ちているから腹も立たない。「つい見逃してしまう絶妙な変化球」なので、投手を(著者を)褒めるしかないのである。

 惜しむらくは翻訳のまずさ。1954年発行なので言葉の使い回しなどが古いのは致し方ないけれど、日本語として意味が通らなかったり、こなれていない部分もかなり多い。内容自体は十分に面白いので、これはぜひ新訳で文庫化していいのではないだろうか。

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Comments

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fontankaさん

ミステリは全部訳されてますね。他の英国の本格ミステリ作家に比べ、そこまで大きなアドヴァンテージがあるとは思えないのですが、『時の娘』のネームバリューがやはりビジネスとして有効なんじゃないでしょうか。
「あの、『時の娘』の作者が書いた〜」なんて惹句があれば、よく知らなくてもついつい買ってしまう人も多そうです(苦笑)。

でもまあ欠点が少ないうえに、描写も上手いし、おまけにほどよいクセもあって、個人的には好きな作家です。ただ、恥ずかしながら『時の娘』だけはあまり楽しめませんでした(恥)。

Posted at 22:52 on 05 31, 2020  by sugata

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かなり昔に読みました。
確かにトリッキーでした。

ジョセフィン・テイって書いたミステリが全部翻訳されているはずですよね。日本人うけするんでしょうか?

「時の娘」を読んで、ロンドンに行ったときに、ナショナルポートレートギャラリーで、リチャード3世の絵を探したのを思い出しました。

Posted at 21:27 on 05 31, 2020  by fontanka

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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