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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


古橋信孝『ミステリーで読む戦後史』(平凡社新書)

 コメント欄がネタバレ云々で賑やかだけれど、本日の読了本もネタバレに関してはなかなかのものがある。いや、もしかすると自分の読書史上、最多のネタバレを誇る本だったかもしれない。古橋信孝の『ミステリーで読む戦後史』である。

 ミステリーで読む戦後史

 この手の一般的な新書でミステリが扱われるのは比較的珍しいことだが、当然というべきか、やはりストレートにミステリを論じたような評論やエッセイはほとんどないといってよい。どちらかというとミステリは口実であり、ミステリをダシにして別のメインテーマについて語るパターンが多いように思う。
 本書もそんなタイプの一冊で、ミステリを通して日本の戦後史を振り返るという趣向である。果たしてミステリは戦後史をどう捉えてきたのか。ミステリから炙り出される戦後史を振り返ることで、価値観が多様化した現代において共通の基盤を見つけ、未来に向けて考える礎としようではないか。本書の主張はここにある。

 テーマは悪くない。しかも著者の専門は国文学で、加えてミステリもかなり幅広く読んでいることがわかるので、ちょっと期待したのだが、ううむ、これがちょっと微妙な一冊であった。

 気になる点が二つあって、ひとつは最初に書いたように、ネタバレが多すぎること。
 取りあげる本も多いだけに、各作品、非常に簡潔に、粗筋やトリック、動機などを紹介している(苦笑)。しかも取りあげる本はいわゆる受賞作が中心のため、ミステリ初心者が読んだ場合、その被害はかなり大きいだろう。
 著者の語りたいのはミステリ作品に描かれた「時代」を感じられる部分である。作品のすべてをあからさまにする必要はないわけで(社会派など一部の例外はあるだろうが)、著者はミステリをけっこう読んでいるはずなのに、この気遣いの無さは正直いただけない。もしかして戦後史に興味を持つ者はミステリなどに興味がないとでも思っていたのか?

 もうひとつ気になるのはもっと根本的な部分で、わざわざミステリから戦後史を紐解く必要が果たしてあったのかどうかということ。ミステリにかぎらず小説はそもそも時代を反映しているものが多いわけで、ぶっちゃけどんな小説を読んでも(歴史小説やSF小説は難しいかもしれないが)、その時代の特色はたいてい感じ取ることが可能だし、むしろ読書の感想としてはけっこう入り口にあるものではないか。ただピックアップするだけでは、特に新鮮味もないし、驚きもないのである。
 失礼を承知で書けば、著者が「はじめに」や「あとがき」で書いているような深みは感じられず、あまりにあっさり過ぎる戦後史の俯瞰に終わっている。本書の章題などにあるような「戦後社会が個人に強いたもの」とか「高度成長した社会の矛盾」等、もう少しテーマを絞って堀下げればかなり面白くなった気はするのだが。

 ということで、やや残念な感想になってしまったが、取り上げる本は黒岩涙香から桜庭一樹に至るまで実に幅広く、そこは素直に感心したし、著者のミステリに対する興味の広さは感じられる。もしかすると、そんなミステリ体験のすべてをまとめたいという気持ちが、「戦後史」という手段を思いつかせたのかなという気がしないでもない。
 ともあれ、ネタバレだけはご注意を。


Comments

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ポール・ブリッツさん

『別名S・S・ヴァン・ダイン ファイロ・ヴァンスを創造した男』で伝記は読みましたが、著者自身の話でも読みたいんですよね。
自伝と伝記はやはり似ているようで別物ですよね。「嘘」の部分も含めて愉しみたいといいますか。

Posted at 22:39 on 06 12, 2020  by sugata

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そうです。すごい人ですなああの人。

Posted at 22:21 on 06 12, 2020  by ポール・ブリッツ

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ポール・ブリッツさん

ん? ヴァン・ダイン?

Posted at 21:52 on 06 12, 2020  by sugata

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>ツイッターより
>>グレイシーアレンの言い訳

ダメだよあの人、ウソばかり書くから(笑)

Posted at 12:27 on 06 12, 2020  by ポール・ブリッツ

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ポール・ブリッツさん

いや、それは大変でしょう(笑)。初めからネタバレありきという形で告知されている本なら別にかまわないと思いますが、そういう本を紹介してもつまらないし、ポール・ブリッツさんの言っているのは、やはり地雷的なネタバレ本や解説ですよね。
ただ、そんなのがあれば重宝しますよね。ある意味、ミステリという大海の灯台のようなものですから。絶対、座礁させませんって感じでしょうか。

Posted at 23:07 on 06 11, 2020  by sugata

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じっちゃん さん

新書でミステリ関連の本が出る場合は、だいたい「従」の扱いなのですが、むしろそれでどんな論を見せてくれるのか、ついつい気になって読んでしまいますね。

Posted at 22:59 on 06 11, 2020  by sugata

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いっそのこと、「ミステリーネタバレ解説全史」ってのはどうでしょう。大量かつ確信犯的にミステリーをネタバラシして本にした批評家たちの足跡を時期を追って並べるの(笑)

わたしは持ってる本の数が少なすぎるので無理ですが、sugataさんか平山雄一先生なら(笑) ぜったいニーズはあると思う(笑)

Posted at 18:45 on 06 11, 2020  by ポール・ブリッツ

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実は。コメントを投稿したあとで、sugataさんなら『ミステリーの人間学』も読んでおられるのではと思い、このブログを検索したら、やはり、でしたね(^^; 

Posted at 02:25 on 06 11, 2020  by じっちゃん

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じっちゃん さん

『ミステリーの人間学』は私も読みました。こちらもネタバレ満載ですが、内容のほうは戦後史よりもだいぶ良かった記憶があります。

Posted at 23:15 on 06 10, 2020  by sugata

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このsugataさんの記事を読んで思い出したのが、『ミステリーの人間学』(廣野由美子、岩波新書)という、かなり前に買った本。

イギリスの古典ミステリーについて論じた本で、とても面白そうではあるものの、ネタバレがこわくて(著者が序章でネタバレありと堂々と宣言しています)長いこと積ん読状態になっています。でも、いま目次を眺めていると、読んだことのあるものが多いので、これを機に読んだことのあるものだけを飛ばし読みしようかな。

Posted at 08:56 on 06 10, 2020  by じっちゃん

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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