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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集5』(創元推理文庫)

 江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれたアンソロジー〈世界推理短編傑作集〉をボチボチと読んできたが、ようやく最終巻までたどり着いた。本日の読了本は『世界推理短編傑作集5』である。まずは収録作。

マージェリー・アリンガム「ボーダーライン事件」
E・C・ベントリー「好打」
レスリー・チャーテリス「いかさま賭博」
ジョン・コリアー「クリスマスに帰る」
ウィリアム・アイリッシュ「爪」
Q・パトリック「ある殺人者の肖像」
ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」
フレドリック・ブラウン「危険な連中」
レックス・スタウト「証拠のかわりに」
カーター・ディクスン「妖魔の森の家」
デイヴィッド・C・クック「悪夢」
エラリー・クイーン「黄金の二十」(エッセイ)

 世界推理短編傑作集5

 最終巻となる本書は第二次世界大戦の直前から戦後の一九五〇年代あたりまでの作品を収録している。黄金期の大家から新しい世代の作家までが顔を揃え、この頃になると内容もかなり現代的でバラエティに富み、読み応えがあるものが多い。
 例によって旧版との違いから見ておくと、まずは旧版の二巻にあったE・C・ベントリー「好打」、三巻にあったアリンガムの「ボーダーライン事件」が本書に入り、逆に旧版の五巻にあったベイリー「黄色いなめくじ」が四巻に移っている。
 また、カーター・ディクスンはこれまでマーチ大佐ものの「見知らぬ部屋の犯罪」が採られていたが、「妖魔の森の家」に変更された。
 さらにアイリッシュの「爪」は門野集による新訳に、アリンガムの『ボーダーライン事件』は猪俣美江子による新訳となった。
 それでは各作品のコメント。

 「ボーダーライン事件」は大傑作というわけではないが、開かれた密室を形作る心理的トリックが効果的で、黄金期ならではの妙味が光る。あくまで個人的な意見だが、こういうのは機械的トリックでは得られない快感があって好み。キャンピオン初々しさもいいなあ(苦笑)。

 ベントリーの「好打」はトレントもの。トリック云々というよりもドラマ作りの巧さが好み。ベントリーの作品は同時代の中にあってもやや古さを感じさせるが、本作はその欠点が気にならない佳作。

 「いかさま賭博」はカードゲームによる犯罪者同士の騙し合いを描く。義賊ものならではの設定が効いていて、メインストーリーだけでも十分面白いけれど、最後のオチがまた秀逸。

 コリアーの「クリスマスに帰る」は妻殺しの完全犯罪が見事、失敗に終わる奇妙な味系の一作。これも素晴らしいのだけれど、コリアにしてはちょっとストレート。コリアだったらもっとひねくれたやつの方がいいかな。

 数あるアイリッシュの傑作の中でも「爪」の味はやはりトップ・クラス。このタイプの作品はその後もいろいろ出たけれど、やはりアイリッシュの描き方は巧い。

 「ある殺人者の肖像」はトリックなどはほぼないに等しいのに、ラストのサプライズがとんでもない。著者は元々、子供に対して容赦ない描き方をすることがあって、本作などはその白眉といえるだろう。読後の余韻もなんともいえないものがあり、本書中でも一、二を争う傑作。

 日本ではあまり馴染みのないベン・ヘクトだが、この「十五人の殺人者たち」だけで十分、忘れられない作家である。読み始めはどちらかというと不愉快な気持ちになるのに、ラストでその気持ちが一掃されて実に気持ち良い。今読むとコントみたいな感じもあるけれど(苦笑)。

 「危険な連中」もブラウンの代表作といえる傑作。こういうスタイルは今読むとそれほど珍しいわけでもないけれど、アイリッシュの「爪」と同様、いち早く作品にしたところがさすがだし、何度読んでも引き込まれる。

 スタウトはウルフものの「証拠のかわりに」が採られている。もちろんミステリとしてのメインアイディアは面白いのだが、乱歩がこれを選んだのは、ホームズ役とワトスン役の新しい形が面白かったからではなかろうか。

 「妖魔の森の家」はカーの定番中の定番なので今更いうこともない。これを収録すること自体が今更という意見もあるのだろうが、本アンソロジーの趣旨、そしてカーのもっとも代表的な探偵が登場することを踏まえると、本作でよかったと思う。

 デイヴィッド・C・クックの「悪夢」はサスペンスを盛り上げる描写の巧さで選ばれたか。個人的にはもう少し派手な作品で締めてほしかったが、まあ、贅沢はいいますまい。

 ということで、これでようやく全面リニューアルされた『世界短編傑作集』改め『世界推理短編集傑作集』をすべて読了できた。すべて再読とはいえ、内容を忘れているものもいくつかあったせいか予想以上に楽しい読書だった。
 ちなみに従来の『世界短編傑作集』では諸々の事情から乱歩の意向を十全に反映したものとはいえず、このリニューアルでようやく短編ミステリを俯瞰できる形になったわけである。もちろん、これがベストというわけではないが、やはりミステリと長くお付き合いしたいという人には、ぜひとも読んでもらいたい良質のアンソロジーといえるだろう。
 さあ、次は〈短編ミステリの二百年〉か。

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Comments
 
ポール・ブリッツさん

だって皆さんが刺激するようなことばかり書いてくるから(笑)
 
おのれ、買ったな(笑)。

いいもん、市立図書館に頼むもん(笑)。
 
fontankaさん

情報ありがとうございます。けっこう一般的に出回っていた本なんですね。とはいえ、Amazonnでは品切れのようなので、やはり『情事の人びと』だけでも買っちゃおうかしら。
 
ポール・ブリッツさん

脚本家としてあれだけの実績があるのは驚きですが、英語版のWikiを見るとジャーナリストとしてもコラムニストとしても一流のようですね。小説はもっぱら短編専門だったようですが、いや、そりゃ面白いに決まってるでしょ(笑)。
確かにAmazonの本、気になります。買っちゃおうかな。
 
ベン・ヘクトですが、ジュブナイルで「死のなかばに」をたまたま読んで、良かったです。図書館だと普通あると思います。
 
ベン・ヘクトの小説について調べてみたら、「情事の人びと」という小説が邦訳されているらしいですね。アマゾンで396円+送料と、実に絶妙な値段がついている。フィクション・スリラーという惹句からすると、広義のミステリみたいだ。けれど内容がわからない……。

800円、ドブに捨てる覚悟をするかどうか(笑)。うーむ(笑)
 
ベン・ヘクト、ウィキペディアには脚本家としての功績と業績しか書かれてませんなあ……。

「十五人の殺人者たち」以外にどんなミステリを書いていたのか知りたいです、ここまですごい人だったと知ると……。

論創様にお願いするしかないのですかのう……。
 
fontankaさん

旧版というとシマシマのカバーですね。私は中学一年ぐらいの時に現役本で買ったのがそれでした(今でも実家にあります)。
子供向けのリライトは卒業して、ちゃんと大人向けのミステリを読もうと思って、最初に買った翻訳ものだったと思います。確か一緒に新潮文庫のホームズとかヴァン・ダインのベンスンとかも買った記憶があります。
それからン十年経って、またジュヴナイルを読むようになるとは夢にも思いませんでしたが(苦笑)。
 
この新版も読んでいるのですが、旧版が捨てがたいんです。
学生の時に、古本屋で知り、1冊買って→また行って、結局全部買いました。(蔵書印も押してあったので、どなたかの大切なコレクションだったのかも)

なので、新で読んでも、頭の中で旧に変換してしまうのでした。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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