- Date: Sun 02 08 2020
- Category: アンソロジー・合作 創元推理文庫
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集5』(創元推理文庫)
江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれたアンソロジー〈世界推理短編傑作集〉をボチボチと読んできたが、ようやく最終巻までたどり着いた。本日の読了本は『世界推理短編傑作集5』である。まずは収録作。
マージェリー・アリンガム「ボーダーライン事件」
E・C・ベントリー「好打」
レスリー・チャーテリス「いかさま賭博」
ジョン・コリアー「クリスマスに帰る」
ウィリアム・アイリッシュ「爪」
Q・パトリック「ある殺人者の肖像」
ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」
フレドリック・ブラウン「危険な連中」
レックス・スタウト「証拠のかわりに」
カーター・ディクスン「妖魔の森の家」
デイヴィッド・C・クック「悪夢」
エラリー・クイーン「黄金の二十」(エッセイ)

最終巻となる本書は第二次世界大戦の直前から戦後の一九五〇年代あたりまでの作品を収録している。黄金期の大家から新しい世代の作家までが顔を揃え、この頃になると内容もかなり現代的でバラエティに富み、読み応えがあるものが多い。
例によって旧版との違いから見ておくと、まずは旧版の二巻にあったE・C・ベントリー「好打」、三巻にあったアリンガムの「ボーダーライン事件」が本書に入り、逆に旧版の五巻にあったベイリー「黄色いなめくじ」が四巻に移っている。
また、カーター・ディクスンはこれまでマーチ大佐ものの「見知らぬ部屋の犯罪」が採られていたが、「妖魔の森の家」に変更された。
さらにアイリッシュの「爪」は門野集による新訳に、アリンガムの『ボーダーライン事件』は猪俣美江子による新訳となった。
それでは各作品のコメント。
「ボーダーライン事件」は大傑作というわけではないが、開かれた密室を形作る心理的トリックが効果的で、黄金期ならではの妙味が光る。あくまで個人的な意見だが、こういうのは機械的トリックでは得られない快感があって好み。キャンピオン初々しさもいいなあ(苦笑)。
ベントリーの「好打」はトレントもの。トリック云々というよりもドラマ作りの巧さが好み。ベントリーの作品は同時代の中にあってもやや古さを感じさせるが、本作はその欠点が気にならない佳作。
「いかさま賭博」はカードゲームによる犯罪者同士の騙し合いを描く。義賊ものならではの設定が効いていて、メインストーリーだけでも十分面白いけれど、最後のオチがまた秀逸。
コリアーの「クリスマスに帰る」は妻殺しの完全犯罪が見事、失敗に終わる奇妙な味系の一作。これも素晴らしいのだけれど、コリアにしてはちょっとストレート。コリアだったらもっとひねくれたやつの方がいいかな。
数あるアイリッシュの傑作の中でも「爪」の味はやはりトップ・クラス。このタイプの作品はその後もいろいろ出たけれど、やはりアイリッシュの描き方は巧い。
「ある殺人者の肖像」はトリックなどはほぼないに等しいのに、ラストのサプライズがとんでもない。著者は元々、子供に対して容赦ない描き方をすることがあって、本作などはその白眉といえるだろう。読後の余韻もなんともいえないものがあり、本書中でも一、二を争う傑作。
日本ではあまり馴染みのないベン・ヘクトだが、この「十五人の殺人者たち」だけで十分、忘れられない作家である。読み始めはどちらかというと不愉快な気持ちになるのに、ラストでその気持ちが一掃されて実に気持ち良い。今読むとコントみたいな感じもあるけれど(苦笑)。
「危険な連中」もブラウンの代表作といえる傑作。こういうスタイルは今読むとそれほど珍しいわけでもないけれど、アイリッシュの「爪」と同様、いち早く作品にしたところがさすがだし、何度読んでも引き込まれる。
スタウトはウルフものの「証拠のかわりに」が採られている。もちろんミステリとしてのメインアイディアは面白いのだが、乱歩がこれを選んだのは、ホームズ役とワトスン役の新しい形が面白かったからではなかろうか。
「妖魔の森の家」はカーの定番中の定番なので今更いうこともない。これを収録すること自体が今更という意見もあるのだろうが、本アンソロジーの趣旨、そしてカーのもっとも代表的な探偵が登場することを踏まえると、本作でよかったと思う。
デイヴィッド・C・クックの「悪夢」はサスペンスを盛り上げる描写の巧さで選ばれたか。個人的にはもう少し派手な作品で締めてほしかったが、まあ、贅沢はいいますまい。
ということで、これでようやく全面リニューアルされた『世界短編傑作集』改め『世界推理短編集傑作集』をすべて読了できた。すべて再読とはいえ、内容を忘れているものもいくつかあったせいか予想以上に楽しい読書だった。
ちなみに従来の『世界短編傑作集』では諸々の事情から乱歩の意向を十全に反映したものとはいえず、このリニューアルでようやく短編ミステリを俯瞰できる形になったわけである。もちろん、これがベストというわけではないが、やはりミステリと長くお付き合いしたいという人には、ぜひとも読んでもらいたい良質のアンソロジーといえるだろう。
さあ、次は〈短編ミステリの二百年〉か。
マージェリー・アリンガム「ボーダーライン事件」
E・C・ベントリー「好打」
レスリー・チャーテリス「いかさま賭博」
ジョン・コリアー「クリスマスに帰る」
ウィリアム・アイリッシュ「爪」
Q・パトリック「ある殺人者の肖像」
ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」
フレドリック・ブラウン「危険な連中」
レックス・スタウト「証拠のかわりに」
カーター・ディクスン「妖魔の森の家」
デイヴィッド・C・クック「悪夢」
エラリー・クイーン「黄金の二十」(エッセイ)

最終巻となる本書は第二次世界大戦の直前から戦後の一九五〇年代あたりまでの作品を収録している。黄金期の大家から新しい世代の作家までが顔を揃え、この頃になると内容もかなり現代的でバラエティに富み、読み応えがあるものが多い。
例によって旧版との違いから見ておくと、まずは旧版の二巻にあったE・C・ベントリー「好打」、三巻にあったアリンガムの「ボーダーライン事件」が本書に入り、逆に旧版の五巻にあったベイリー「黄色いなめくじ」が四巻に移っている。
また、カーター・ディクスンはこれまでマーチ大佐ものの「見知らぬ部屋の犯罪」が採られていたが、「妖魔の森の家」に変更された。
さらにアイリッシュの「爪」は門野集による新訳に、アリンガムの『ボーダーライン事件』は猪俣美江子による新訳となった。
それでは各作品のコメント。
「ボーダーライン事件」は大傑作というわけではないが、開かれた密室を形作る心理的トリックが効果的で、黄金期ならではの妙味が光る。あくまで個人的な意見だが、こういうのは機械的トリックでは得られない快感があって好み。キャンピオン初々しさもいいなあ(苦笑)。
ベントリーの「好打」はトレントもの。トリック云々というよりもドラマ作りの巧さが好み。ベントリーの作品は同時代の中にあってもやや古さを感じさせるが、本作はその欠点が気にならない佳作。
「いかさま賭博」はカードゲームによる犯罪者同士の騙し合いを描く。義賊ものならではの設定が効いていて、メインストーリーだけでも十分面白いけれど、最後のオチがまた秀逸。
コリアーの「クリスマスに帰る」は妻殺しの完全犯罪が見事、失敗に終わる奇妙な味系の一作。これも素晴らしいのだけれど、コリアにしてはちょっとストレート。コリアだったらもっとひねくれたやつの方がいいかな。
数あるアイリッシュの傑作の中でも「爪」の味はやはりトップ・クラス。このタイプの作品はその後もいろいろ出たけれど、やはりアイリッシュの描き方は巧い。
「ある殺人者の肖像」はトリックなどはほぼないに等しいのに、ラストのサプライズがとんでもない。著者は元々、子供に対して容赦ない描き方をすることがあって、本作などはその白眉といえるだろう。読後の余韻もなんともいえないものがあり、本書中でも一、二を争う傑作。
日本ではあまり馴染みのないベン・ヘクトだが、この「十五人の殺人者たち」だけで十分、忘れられない作家である。読み始めはどちらかというと不愉快な気持ちになるのに、ラストでその気持ちが一掃されて実に気持ち良い。今読むとコントみたいな感じもあるけれど(苦笑)。
「危険な連中」もブラウンの代表作といえる傑作。こういうスタイルは今読むとそれほど珍しいわけでもないけれど、アイリッシュの「爪」と同様、いち早く作品にしたところがさすがだし、何度読んでも引き込まれる。
スタウトはウルフものの「証拠のかわりに」が採られている。もちろんミステリとしてのメインアイディアは面白いのだが、乱歩がこれを選んだのは、ホームズ役とワトスン役の新しい形が面白かったからではなかろうか。
「妖魔の森の家」はカーの定番中の定番なので今更いうこともない。これを収録すること自体が今更という意見もあるのだろうが、本アンソロジーの趣旨、そしてカーのもっとも代表的な探偵が登場することを踏まえると、本作でよかったと思う。
デイヴィッド・C・クックの「悪夢」はサスペンスを盛り上げる描写の巧さで選ばれたか。個人的にはもう少し派手な作品で締めてほしかったが、まあ、贅沢はいいますまい。
ということで、これでようやく全面リニューアルされた『世界短編傑作集』改め『世界推理短編集傑作集』をすべて読了できた。すべて再読とはいえ、内容を忘れているものもいくつかあったせいか予想以上に楽しい読書だった。
ちなみに従来の『世界短編傑作集』では諸々の事情から乱歩の意向を十全に反映したものとはいえず、このリニューアルでようやく短編ミステリを俯瞰できる形になったわけである。もちろん、これがベストというわけではないが、やはりミステリと長くお付き合いしたいという人には、ぜひとも読んでもらいたい良質のアンソロジーといえるだろう。
さあ、次は〈短編ミステリの二百年〉か。
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だって皆さんが刺激するようなことばかり書いてくるから(笑)