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ジェフリー・ハウスホールド『影の監視者』(筑摩書房)
3年ほど前か、創元推理文庫で突然復刊され、冒険小説ファンの間で評判を呼んだジェフリー・ハウスホールドの『追われる男』という本がある。シンプルな構成だが密で緊迫感ある語り口、ラストの意外性と、永らく絶版だったのが不思議なほどよく出来た冒険小説だった。
不遇な作家というか、日本ではなぜか人気が出ない作家というのはいるもので、ジェフリー・ハウスホールドもその一人なのだろう。そうやって『追われる男』が評判を取り再評価されたにもかかわらず、結局、他のタイトルがその後訳されることもなく、今に至っている。著作数は30作以上にも及んでいるので海外ではそれなりに読まれてきた作家だと思うのだが、邦訳は『追われる男』を含めてわずか三作。本日の読了本はそのうちの一冊で『影の監視者』である。筑摩書房の世界ロマン文庫に収録されたものだ。
ストーリーはシンプルだが、設定はちょっと複雑だ。
主人公は中年の動物学者の男性。叔母との二人暮らしだが、なぜか他人との強い関係を望まず、叔母との仲も冷え切っている。そんなある日、家に届けられた郵便物が爆発するという事件が起き、配達人が命を落としてしまう。人から恨まれる覚えはないという主人公だが、実は彼には叔母にも話していない秘密があった。実は戦時中、彼は連合国側のスパイとして、ドイツのゲシュタポの一員に成りすましていた時期があったのだ。はたして爆弾を送りつけてきたのは、裏切りに気づいた元ナチスの人間か、それともゲシュタポに恨みを抱く元連合国側の人間なのか? 主人公は元の上司と相談し、敵をおびき出すという作戦をとるが……。
読んでいてまず思ったのは、敵をおびき出すという展開の前半が『追われる男』とずいぶん似ていること。こういう設定は作者の好みなのだろうか。本作でも息詰まるような「狩り」の様子が持ち味となっているのは御同様。だが、後半に入ると少々話が変わってきて、主人公の素性を周囲の人間がほとんど知ってしまうことになる。張りつめていた糸が切れたようで、当然ながら緊張感もずいぶん失われてしまう。終盤でやや盛り返すものの、『追われる男』ほどの息苦しさを味わえなかったのは残念。
もうひとつ気になったのは、ひたすら主人公の言動や思考を追ってゆく描写。これも『追われる男』と共通する点ではあるが、ただ、どうなんだろう。行動を綴るのはもちろんよいのだ。かつてスパイとして生きた男が戦場へと駆り出され、再び戦いの技術を駆使する羽目になる。しかし、男はもう若くはない。衰えもある。そんな緊迫した状況での戦いの模様を描くのだ。ここはねちっこくやってもらって全然OKである。
しかし、主人公の思考を細かに書き込まれると、それはちょっと違うのではないか、とも思う。なんというか、主人公が自分の行動に対していちいち理由を説明しているようで(正当化しているわけではないにせよ)、冒険小説の主人公がいちいち言い訳するなよ、みたいな苛立ちを感じてしまうのである。
まあ、もう一冊だけ未読の本『人質はロンドン!』があるので、これも近々読んでみることにしよう。
不遇な作家というか、日本ではなぜか人気が出ない作家というのはいるもので、ジェフリー・ハウスホールドもその一人なのだろう。そうやって『追われる男』が評判を取り再評価されたにもかかわらず、結局、他のタイトルがその後訳されることもなく、今に至っている。著作数は30作以上にも及んでいるので海外ではそれなりに読まれてきた作家だと思うのだが、邦訳は『追われる男』を含めてわずか三作。本日の読了本はそのうちの一冊で『影の監視者』である。筑摩書房の世界ロマン文庫に収録されたものだ。
ストーリーはシンプルだが、設定はちょっと複雑だ。
主人公は中年の動物学者の男性。叔母との二人暮らしだが、なぜか他人との強い関係を望まず、叔母との仲も冷え切っている。そんなある日、家に届けられた郵便物が爆発するという事件が起き、配達人が命を落としてしまう。人から恨まれる覚えはないという主人公だが、実は彼には叔母にも話していない秘密があった。実は戦時中、彼は連合国側のスパイとして、ドイツのゲシュタポの一員に成りすましていた時期があったのだ。はたして爆弾を送りつけてきたのは、裏切りに気づいた元ナチスの人間か、それともゲシュタポに恨みを抱く元連合国側の人間なのか? 主人公は元の上司と相談し、敵をおびき出すという作戦をとるが……。
読んでいてまず思ったのは、敵をおびき出すという展開の前半が『追われる男』とずいぶん似ていること。こういう設定は作者の好みなのだろうか。本作でも息詰まるような「狩り」の様子が持ち味となっているのは御同様。だが、後半に入ると少々話が変わってきて、主人公の素性を周囲の人間がほとんど知ってしまうことになる。張りつめていた糸が切れたようで、当然ながら緊張感もずいぶん失われてしまう。終盤でやや盛り返すものの、『追われる男』ほどの息苦しさを味わえなかったのは残念。
もうひとつ気になったのは、ひたすら主人公の言動や思考を追ってゆく描写。これも『追われる男』と共通する点ではあるが、ただ、どうなんだろう。行動を綴るのはもちろんよいのだ。かつてスパイとして生きた男が戦場へと駆り出され、再び戦いの技術を駆使する羽目になる。しかし、男はもう若くはない。衰えもある。そんな緊迫した状況での戦いの模様を描くのだ。ここはねちっこくやってもらって全然OKである。
しかし、主人公の思考を細かに書き込まれると、それはちょっと違うのではないか、とも思う。なんというか、主人公が自分の行動に対していちいち理由を説明しているようで(正当化しているわけではないにせよ)、冒険小説の主人公がいちいち言い訳するなよ、みたいな苛立ちを感じてしまうのである。
まあ、もう一冊だけ未読の本『人質はロンドン!』があるので、これも近々読んでみることにしよう。
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