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 ジョルジュ・シムノンの『マンハッタンの哀愁』を読む。ノンシリーズの非ミステリ作品で、シムノン自身の体験をもとにした自伝的恋愛小説。

 主人公はフランソワ・コンブという四十八歳になるフランスの俳優。妻もまた俳優だが、彼女は若い劇団員と浮気をして、コンブは別れ話を持ち出されてしまう。仕事で一緒になることを嫌ったコンブは、傷心のままニューヨークへ渡り、心機一転アメリカで仕事を続けようとする。しかし、思ったほどには仕事が取れず、今ではニューヨークで孤独のまま安アパートで暮らしている。
 そんなコンブがあるとき深夜の安食堂で一人の女性、ケイと出会う。帰るところもないケイと何となくホテルで関係を持ったコンブだが、孤独が二人を結びつけ、すぐに愛し合うようになるのだが……。

 マンハッタンの哀愁

 本作に描かれているのは、挫折を味わい、孤独を舐めている一組の男女による行きずりの恋だ。しかし、そんな恋にも、いや、そんな恋だからこそ胸を打つ感情の流れや縺れがある。崇高な恋愛にはない、疑惑や嫉妬、欲望がふんだんに入り混じる恋である。

 主人公コンブはかつては華やかな世界の住人だったが、今では落ちぶれて見る影もない。フランスに戻ればいくらでも仕事はあるというが、実際にそれを行動に移すことができず、いつの間にか低いところに流され、孤独を甘受してしまっている。今となってはその方が楽で、むしろ現状を変えたくないと思っている節もあり、そこにコンブの弱さがある。
 だからこそ、たまたま手に入れてしまった行きずりの恋をかえって失いたくないのだろう。傷を分かち合える相手・ケイに、心の安寧を期待するコンブ。そのためケイに対して逆にさまざまな疑惑や嫉妬を抱えることになる。それでもよしとする気持ちもありながら、自分を制御することができない。
 勝手といえば勝手な男なのだが、とはいえ、これはコンブがとりたてて特別なわけではない。人生において、現状に甘んじたいとかあきらめるとかという境地はむしろ普通であり、しかも意外に居心地がいい。そのくせいったん手に入れたものに対しての執着は凄まじい。
 人間なんて本来そういうものだろう。シムノンはニューヨークの孤独な二人による恋愛を題材に、そんなやるせない生き方を見せてくれる。
 ただ、努力や工夫次第で人は変わることもできる。それもまた人間の一面であり、素晴らしいところでもある。シムノン にしては珍しく少々甘ったるいラストだが、本作にはそんな希望の光が残されていて少し嬉しくなる。
 傑作とまではいかないが、ニューヨークの描写も含め、決して悪くない一冊だ。

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テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌




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