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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


アンソニー・ホロヴィッツ『その裁きは死』(創元推理文庫)

 2018年『カササギ殺人事件』、2019年『メインテーマは殺人』で、翻訳ミステリランキングのトップを独占したアンソニー・ホロヴィッツの新作が、今年も発売された。『メインテーマは殺人』で颯爽と登場したダニエル・ホーソーン&アンソニー・ホロヴィッツのコンビによるシリーズ二作目『その捌きは』である。

 まずはストーリー。有名弁護士のリチャード・プライスが自宅で殺害された。高級ワインの瓶による撲殺だっが、それは少し前に担当した離婚裁判の相手女性に脅された殺害方法でもあった。また、壁には緑色のペンキで描かれた“182”という文字が。“わたし”アンソニー・ホロヴィッツは再びホーソーンによって事件に引き摺り込まれ、さっそく事件の捜査をスタートさせる。
 第一の容疑者と思しきは、殺害を口走った離婚裁判の相手アキラ・アンノだったが、彼女は攻撃的な性格で知られる文学作家であり、質問にも正直に答えず、捜査は思うように進まない。
 さらに時を同じくして、リチャードの友人グレゴリーが電車に轢かれて命を落としたことが明らかになる。リチャードとグレゴリーにはもう一人仲の良い友人チャールズがおり、かつては三人で洞窟探検を楽しむほどであった。しかし、ある洞窟の探検中、チャールズが事故で命を落とした過去があり、二人もそれっきり疎遠になっていたのだ。
 果たしてリチャードの死とグレゴリーの死は関係があるのか。また、アンノは何を隠しているのか……。

 その裁きは死

 相変わらず面白いのだが、さすがにシリーズ二作目ということでインパクトは減るし、先の二作に比べると落ちる感じは否めないかなというのが正直なところ。

 そもそも『メインテーマは殺人』で管理人がこのシリーズを評価したのは、本格ミステリとして堅牢な造りであるにもかかわらず、それにメタ的な構造を持たせたところである。すなわち著者自身をワトスン役として物語に放り込み、しかも現実世界の著者の立場や経験をそのまま被せているところに興味を持ったわけだ。ただの名前貸の別人格キャラクターではなく、もちろんお飾りの語り手でもない。著者は作品世界と現実の境界を曖昧にすることで、ミステリ、そしてミステリを執筆することについて掘り下げていこうとする。
 それ自体は非常に興味深い試みだったのだが、『メインテーマは殺人』は初出しなので良かったわけだが、今作ではそういう意味での進化が見られず、単にシリーズのスタイルみたいなものになってしまっていたのが残念だった。

 普通に本格ミステリとしてみた場合はあまり文句がない、というか十分に楽しめるところだろう。とにかくプロットがしっかりしており、伏線の貼り方も相変わらずお見事。女性作家とリチャードの友人、二つの軸にそれぞれ怪しげな登場人物を配し、決め手を掴ませないように進ませながら、サプライズも複数折り込むなど、サービス精神の塊である。
 とはいえ、こちらも『メインテーマは殺人』ほどには驚けなかった。『緋色の研究』の使い方は面白かったけれど、これは伏線貼りすぎが裏目に出たかもしれない。

 サイドストーリーとしては、ホーソーンの正体に迫る流れもある。シリーズ全十作を予定しており、徐々にその正体を明らかにするらしいが、まあ、どちらかというと本を売るための施策という匂いが強くて、個人的にはそれほど惹かれるものはない。
 また、これに少し関連するが、キャラクター性を際立たせようとするせいか、ホロヴィッツ自身を間抜けな役割に当てているのがちょっとやりすぎ。作中のホロヴィッツもぼやいているように、事件のたびにホーソーンや警察に虐げられ、挙句に怪我までしていては、ホーソーンの伝記作家など辞めたくなるわな(苦笑)。
 ユーモア成分はあっていいし、もちろん効果的な場面も多いのだが、事件は決して軽くないのだから、あまり極端な戯画化は避けてほしいものだ。

 ということで少々辛目にはなったが、それでも十分に楽しめるレベルなので念のため。おそらく年末ベストテンにはしっかり入ってくるだろう。ただ、さすがに今年はトップはないかな。

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Comments

Edit

fontanka さん

たぶんホロヴィッツは器用すぎるんですよ。そこそこ高いレベルで何でも器用にこなせる作家ですね。パスティーシュが多いのもその技術ゆえでしょう。
これも想像ですが、脚本でどうすれば視聴者が食いつくかすごく勉強しているし、そういう指導も受けているはずです。その方面での技術は小説よりドラマの脚本の方が上でしょう。ただ、そういう受け狙いの技術が、fontanka さんはどこか透けて見えるんじゃないでしょうか。

Posted at 22:55 on 10 24, 2020  by sugata

Edit

ホロヴィッツのドラマは結構見ている(結果的に)
のですが、ミステリは、何かそこまで・・・と思う部分があるんですよね。

ミステリより、文中に出てくるドラマの記述の方が面白い・・・

面白いけど、そこまで面白いのか?って思うけど、チェックする対象です。

Posted at 17:07 on 10 24, 2020  by fontanka

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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