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連城三紀彦『敗北への凱旋』(ハルキ文庫)
こんな話。戦後まもない頃のクリスマスイブ。痴情のもつれか、安宿で隻腕の男が女に射殺されるという事件が起こる。容疑社は中国人女性の玲蘭。彼女は男の情婦をも殺し、自分も海へ身を投げてしまう……。
それから二十年以上が過ぎた。作家の柚木桂作は、優れた才能をもちながら戦争に身を投じ、最後は不遇の死を遂げたピアニスト・寺田武史をモデルに小説に描こうとするが……。

抒情性とトリッキーさが融合した、いかにも連城三紀彦らしい一作。
基本的には、戦後に殺された寺田武史という人物の生涯を、当時の関係者からの聞き取りや残された遺品などをもとに解明するという展開であり、しかも、謎の中心となるのは寺田が残したと思われる暗号である。ストーリーとしてはかなり地味な部類に入るだろう。
しかし、冒頭の太平洋戦争の終戦日の情景——真紅の夾竹桃が雨のように降って来るというシーン、さらにはそこから数年後の売春地区で起こったある殺人事件という流れはかなり印象的で、上に挙げた謎への興味を十分に持続させてくれるのが、連城三紀彦ならではの語りの巧さだ。
そして物語で提示される情報の数々が、一体何を意味していたのか、どんでん返しも含めて明らかになるラストにはかなり驚かされる。それはトリック云々もあるけれど、どちらかといえば事件の背後にあった様々な背景、なぜこのような事件が起こったのかという事情によるもので、それが本作の読後感をより深いものにしている。
大作という感じではないが、著者の特長が存分に発揮された佳品といえるだろう。
惜しいのは、本作の大きなアイデアの一つが、過去に前例のあることだろう。有名なネタなのでトリックにこだわるような読者はどうしても「二番煎じ」であることが気になるだろう。とはいえ本作の設定やそれまでの流れで一気に持っていっているところもあり、個人的には残念というほどではなく、むしろ普通に驚かされたし、楽しめた。
あと、本作の欠点としてよく言われることだが、暗号の難易度の高さがある。こちらは確かに素人にはまず解読不可能なレベルで、管理人もそこは諦めて斜め読みで済ませてしまった(苦笑)。
ちなみに創元推理文庫で復刊される予定の本作だが、管理人の読んだ本も以前にハルキ文庫から復刊されたもので、他にも講談社ノベルス版、講談社文庫版などで刊行されている。
良作だからこんなに復刊されるのだろうし、それはいいことなのだが、これは裏を返せば出すたびにすぐ品切れや絶版になるということだから、気持ちとしては複雑だよなぁ。
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Comments
こんばんわです。
ネタバレにならないようなつもりでいいますが
この作品は終盤のさる登場人物が言う
「ものの考え方だ」(……でしたっけ?
元版の初版刊行時に読んだきりなので、言葉は
不正確かもしれませんが)
あの一言で、凡百の常識的な
反論を一蹴するパワーがあると思っております。
できがいいかどうかは別にして
とても好きな作品です。
Posted at 20:09 on 01 31, 2021 by Y・S
ハヤシさん
ああ、元ネタへの批判だったんですね。でも、その心理はミステリだからあるのではなく、むしろ純文学にこそありそうですし、そんな可能性を常識的でないと批判するのは、おそらくその評論家は文学プロパーですらなかったのではないでしょうか。
Posted at 00:08 on 01 31, 2021 by sugata
酷評は犯人に当たる作中人物がそんな動機で○○(伏せ字)を起こす心理が不自然という理由だったと思います。確かミステリ・プロパーの方では無かったと思いますから、トリックが理解出来なかったのでしょう。
Posted at 23:52 on 01 30, 2021 by ハヤシ
ハヤシさん
酷評されていましたか。理由は有名ネタ? それとも暗号の方でしょうか? 気になりますね。でも好き嫌いはあるかもしれませんが、酷評されるような作品ではないですよね。変なの(苦笑)
Posted at 23:23 on 01 30, 2021 by sugata
確か雑誌に一挙掲載された際に読み、ひっくり返るほど驚きました。当時、誰か評論家が酷評していたのを目にした記憶がありますが、まあ怒る気持ちも分かります(笑)個人的にはあの有名ネタを悲恋物に仕込む剛腕は連城三紀彦ならでは。好きな作品の一つです。
Posted at 23:08 on 01 30, 2021 by ハヤシ
Y・Sさん
過去の事件を解いていく作品は、とにかく物語が並行して語られるものが多くて食傷気味なのですが、本作はあくまで現代からのみアプローチするところが潔くて好きで、だからこそ、そういうセリフも滲みるのではないでしょうか。私も好みの作品です。
Posted at 20:27 on 01 31, 2021 by sugata