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連城三紀彦『恋文』(新潮文庫)
連城三紀彦が恋愛小説へと移行する契機ともなった作品集『恋文』(現在は『恋文・私の叔父さん』に改題)を読む。何を今さらの一冊ではあるのだが、恥ずかしながら連城三紀彦の恋愛小説を読むのはこれが初めて。とりあえず本書は直木賞受賞作でもあリ、世評も高いことから、まあ最適だろうということで手に取ってみた。
収録作は以下のとおり。
「恋文」
「紅き唇」
「十三年目の子守歌」
「ピエロ」
「私の叔父さん」

恋愛小説集に“面白い”という感想もなんだが、面白いものは面白い。もともと連城三紀彦はミステリ作品でも恋愛要素をふんだんに盛り込むし、抒情性の豊かな作品を書く作家だから、恋愛小説でもそこまで違和感がないだろうと予想してはいたが、まったくその予想どおりである。
あくまで恋愛小説集と謳っているせいか、いつもの連城ミステリにあるような、様相を逆転するほどの強烈な仕掛けはない。しかし、恋愛小説としての魅力を生かす形、極論すれば恋愛小説としてのスタイルを邪魔しない程度には、ミステリ的テクニックや味付けがしっかり練り込まれているのである。これはこれで実に心地よい案配である。
たとえば表題作の「恋文」。共働きの夫婦、美術教師をしている竹原将一と出版社勤務の郷子は子供も一人いて、それなりに幸せにやっている。将一が年下で掴みどころのない性格ということもあり、郷子は常に自分がしっかりしなければと意識している。
そんなある日、将一は元彼女の江津子が白血病で余命半年と宣告されたことを聞き、彼女の願いを聞いて死ぬまで面倒を見ることにする。郷子はそんな将一を許してしまい、自らも江津子と交流するようになる。だが、やがて将一は、江津子と結婚式を上げるため、郷子と離婚したいと切り出すのだ……。
設定自体は突飛な印象も受けるが、著者は将一を掴みどころのない憎めないキャラクターとして造形することで、ストーリーは大きな起伏もなく淡々と進めていく。読者は一応、被害者ともいえる郷子に感情移入するだろうが、彼女は彼女で悶々とはするけれども爆発するようなことはない。物語全体がどこか吹っ切れない状態で、なんとも言えないふわふわした心理描写に引き込まれる。
ここに著者が持ってくる結末は予想できないこともないが、基本的には意表をつくものであり、そこで読者はあらためて将一と郷子の恋愛観を考えさせられるという構造である。惰性で読んでいると腑に落ちないことは必至であり、この辺の匙加減は著者の巧いところだ。とはいえ本作のミステリ度は比較的、低い方だろう。
「紅き唇」は亡き妻の義母と暮らす主人公と、その恋人や義母との関係が興味深い。しみじみとするラストに感動していると、著者に足元を救われる。大した事件も起こらないけれど、この読後感は確かにミステリのそれなんだよなぁ。
ある日、旅行に出かけた母親が男を連れて帰ってきた。しかも俺より四歳も若い男を……という導入の「十三年目の子守歌」。まさかの真相が待っているが、それでいて何となくユーモラスでしみじみとした余韻が勝っていて面白い。
「ピエロ」は悲しい。いわゆる髪結いの亭主を地でいく物語だが、著者お得意の“様相の逆転”の使い方が実にきれいで巧み。これは好みだなぁ。
「私の叔父さん」は本書中でも一番の出来か。まあ、代表作と言われるだけのことはある。叔父と姪の禁じられた愛を描いているが、ヒロインの魅力も大きいし、写真の件は実に鮮やかで印象的だ。
ということで、本書は恋愛小説ファンにもミステリファンにもオススメの一冊。この内容であれば、著者の恋愛小説ももう少し読んでみようか。
収録作は以下のとおり。
「恋文」
「紅き唇」
「十三年目の子守歌」
「ピエロ」
「私の叔父さん」

恋愛小説集に“面白い”という感想もなんだが、面白いものは面白い。もともと連城三紀彦はミステリ作品でも恋愛要素をふんだんに盛り込むし、抒情性の豊かな作品を書く作家だから、恋愛小説でもそこまで違和感がないだろうと予想してはいたが、まったくその予想どおりである。
あくまで恋愛小説集と謳っているせいか、いつもの連城ミステリにあるような、様相を逆転するほどの強烈な仕掛けはない。しかし、恋愛小説としての魅力を生かす形、極論すれば恋愛小説としてのスタイルを邪魔しない程度には、ミステリ的テクニックや味付けがしっかり練り込まれているのである。これはこれで実に心地よい案配である。
たとえば表題作の「恋文」。共働きの夫婦、美術教師をしている竹原将一と出版社勤務の郷子は子供も一人いて、それなりに幸せにやっている。将一が年下で掴みどころのない性格ということもあり、郷子は常に自分がしっかりしなければと意識している。
そんなある日、将一は元彼女の江津子が白血病で余命半年と宣告されたことを聞き、彼女の願いを聞いて死ぬまで面倒を見ることにする。郷子はそんな将一を許してしまい、自らも江津子と交流するようになる。だが、やがて将一は、江津子と結婚式を上げるため、郷子と離婚したいと切り出すのだ……。
設定自体は突飛な印象も受けるが、著者は将一を掴みどころのない憎めないキャラクターとして造形することで、ストーリーは大きな起伏もなく淡々と進めていく。読者は一応、被害者ともいえる郷子に感情移入するだろうが、彼女は彼女で悶々とはするけれども爆発するようなことはない。物語全体がどこか吹っ切れない状態で、なんとも言えないふわふわした心理描写に引き込まれる。
ここに著者が持ってくる結末は予想できないこともないが、基本的には意表をつくものであり、そこで読者はあらためて将一と郷子の恋愛観を考えさせられるという構造である。惰性で読んでいると腑に落ちないことは必至であり、この辺の匙加減は著者の巧いところだ。とはいえ本作のミステリ度は比較的、低い方だろう。
「紅き唇」は亡き妻の義母と暮らす主人公と、その恋人や義母との関係が興味深い。しみじみとするラストに感動していると、著者に足元を救われる。大した事件も起こらないけれど、この読後感は確かにミステリのそれなんだよなぁ。
ある日、旅行に出かけた母親が男を連れて帰ってきた。しかも俺より四歳も若い男を……という導入の「十三年目の子守歌」。まさかの真相が待っているが、それでいて何となくユーモラスでしみじみとした余韻が勝っていて面白い。
「ピエロ」は悲しい。いわゆる髪結いの亭主を地でいく物語だが、著者お得意の“様相の逆転”の使い方が実にきれいで巧み。これは好みだなぁ。
「私の叔父さん」は本書中でも一番の出来か。まあ、代表作と言われるだけのことはある。叔父と姪の禁じられた愛を描いているが、ヒロインの魅力も大きいし、写真の件は実に鮮やかで印象的だ。
ということで、本書は恋愛小説ファンにもミステリファンにもオススメの一冊。この内容であれば、著者の恋愛小説ももう少し読んでみようか。
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Comments
Edit
直木賞の選評で山口瞳が連城三紀彦と泡坂妻夫が候補になる度に推理小説要素を無くせ、減らせというのに閉口していました(笑)恋愛小説でもミステリ的なツイストが効いていて、ミステリでも切ない叙情が感じられるのが美質なのに…と子供ながら心中毒づいていたことを思い出します。『戻り川心中』で直木賞を受けていたら、連城氏のその後の作家人生も変わっていたのではと夢想します。
Posted at 02:58 on 02 16, 2021 by ハヤシ
ハヤシさん
結局、『戻り川心中』の凄さを理解していない選考委員が多すぎましたね。特に山口瞳は酷い。野坂昭如は世界観の狭さに苦言を呈していて、そういうのはまだ理解できるのですが……。
その点、池波正太郎や井上ひさし、五木寛之あたりはトリッキーなところが最初から理解できていて、さすがですよね。
Posted at 19:12 on 02 16, 2021 by sugata