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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


トマス・スターリング『一日の悪』(ハヤカワミステリ)

 ポケミスの復刊フェアに入ったこともあるなど、作品の質はけっこう高いはずだが、その割にはあまりベスト企画などには入らない。言ってみれば知る人ぞ知る、といった位置付けになるのだろうか。本日の読了本はトマス・スターリングの『一日の悪』。

 一日の悪

 なるほど。これは悪くない作品だ。
 ポケミスで僅か二百ページあまり(活字は小さいけれど)、登場人物は僅か六人というコンパクトな作品だが、財産贈与をめぐっての駆け引きが非常にスリリングで面白い。
 直接、贈与に絡むのは富豪のセシルと贈与対象者の三人。揃いも揃って胡散臭い連中ではあるから、彼らのやりとりに引き込まれるのは当然としても、これにセシルの秘書ウイリアムと贈与対象者の女性に雇用されている若い女性シリアが、ストーリー上思いがけないポジションを担うことになり、実にいいアクセントになっている。
 とりわけウイリアムは彼ら以上に胡散臭く、自分も財産贈与の分け前に預かろうと画策するのだが、それに収まらない活躍も見せて楽しい。

 こんな状況で著者は殺人ま事件まで発生させるのだけれども、さすがに大筋は読めるだろうと思いきや、ラストで明かされる真相には見事にしてやられる。登場人物が少ないので犯人ぐらいはまぐれでも当てられるだろうが、動機や事件の構図まで見抜くのはさすがにに難しい。
 シンプルだけれど練りに練った設定・プロット。これはもっと読まれてもいい作品だろう。

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Comments

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ハヤシさん

そうですね。この時期は(日本は20年遅れ)国内外問わず探せば面白いものが多いですし、私もぼちぼち読んでいますが、まったく追いつきません(苦笑)。
それにしても異色ミステリガイド、作ってみたくなりますね。

Posted at 23:23 on 02 27, 2021  by sugata

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たびたびお邪魔致します。
SIGERUさんが挙げられていた作品以外でも例えばヘレン・マクロイの『幽霊の2/3』が1956年、エド・レイシイの『さらばその歩むところに心せよ』が1959年、イギリスでもウィリアム・モールの『ハマースミスのうじ虫』やJ・M・スコットの『人魚とビスケット』が1955年発表とジャンルを横断したり、心理描写に新しい境地を開いた作品が1950年代に多いような気がします。やはり第二次世界大戦後の人心の変化、価値観の揺らぎなどが影響しているのかもしれません、映画に於けるヌーヴェル・バーグと同じように。sugataさんの仰る二十年遅れで変化を迎えた日本でも結城昌治や多岐川恭、佐野洋の諸作に同じ匂いを感じ、この辺りの旧作を掘り起こしたり読み返すだけで新刊まで殆ど手が回りません。困ったものです(笑)

Posted at 23:11 on 02 27, 2021  by ハヤシ

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SIGERUさん

大風呂敷を広げた大作もいいのですが、個人的にはこういう作品により幸せを感じますね(笑)。毎年、極私的ベストテンなんてやってますが、実はこういう作品で全部埋めたいと思っています。

1940〜1960年代については、少し調べてみましたが、やはりそういう流れにあった時代のようです。1940年頃というのは、いわゆる黄金時代が一つのピークを迎えて、ひと段落していたころでもあり、ミステリというジャンル全体が次のステップへ向けてチャレンジ(あるいは模索)する方向に動いていた時期なんですよね。ハヤシさんの仰る「進取の精神に富んで」というのは、そういうことだと思います。
新しい作家も多く出ていますし、あのクイーンからしてライツヴィルものを描き始めています。一部の人気作家をのぞくと、そういうチャレンジをしたくない・できない作家はフェードアアウトしていった感もありますね。

ちなみに日本では1945年の終戦でようやく探偵小説が解禁になって、長篇ミステリーの隆盛が起きた時代です。1960年代に入って松本清張や仁木悦子が出てきて新しい波を起こしますから、そういう意味では日本のミステリは二十年遅れていたような計算になりますね(現代ではまた状況が違いますが)。

Posted at 10:59 on 02 27, 2021  by sugata

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sugataさん、ご無沙汰しています。『一日の悪』、してやられて嬉しいとは、このような作品を云うのですよね。
そして「1940〜1960年代の作品の方が進取の精神に富んで」に共感しました。私にとっては、ポケミス初期ナンバーがそれに当たります。試みに書架から抜き出してみたのが『十二人の評決』『法の悲劇』『二月三十一日』『細い線』『優しき殺人者』などなど。中学生当時、初めて神保町に行って手に入れたポケミスなので、想い出補正も多分にあるのでしょうけれど、鮮烈な読後感が今でも忘れられません。『孤独な娘』辺りは、さすがに実験的過ぎて歯が立たなかったのですが(笑)。

Posted at 02:45 on 02 27, 2021  by SIGERU

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ハヤシさん

ワンアイディアでコンパクトにまとめた作品っていいですよね。

>1940〜1960年代の作品の方が進取の精神に富んで今もエキサイティングに感じます。

これは気になります。言われてみれば確かにそんなイメージはあるのですが、実際調べてみたい気もします。
いわゆる名作ではなく、印象に残る実験的な作品のリストを発表年代でまとめると、またミステリの異なる流れを発見できるかもしれませんね。

Posted at 19:34 on 02 22, 2021  by sugata

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トマス・スターリングは『ドアのない家』も一筋縄でいかない内容で本格やサスペンスの要素が複雑に融合していて面白い。この頃のポケミスのラインナップは殆ど都筑道夫がセレクトしていると思いますが、『やぶにらみの時計』や『誘拐作戦』といった初期都筑道夫の実験的な作品との共通点を感じます。洗練性や完成度では現代のミステリに軍配が上がるのかもしれませんが1940〜1960年代の作品の方が進取の精神に富んで今もエキサイティングに感じます。たぶんにオールドファンの繰り言ですが(笑)

Posted at 01:54 on 02 22, 2021  by ハヤシ

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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