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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


宮野村子『探偵心理 無邪気な殺人鬼 他八篇』(盛林堂ミステリアス文庫)

 宮野村子の短篇集『探偵心理 無邪気な殺人鬼 他八篇』を読む。宮野村子は論創ミステリ叢書の『宮野村子探偵小説選I』&『宮野村子探偵小説選iI』を読んで以来、その内容と描写の濃さにすっかりやられしまった作家である。長編こそ三作程度だが短編は意外に多く、そのほかの作品も読みたくてたまらないのだが、いかんせん入手困難な上に、見つかっても、まあ高いこと(笑)。
 仕方ないので、そのうち縁があればという感じだったのだが、そこに昨年降ってわいたのが盛林堂ミステリ文庫での刊行である。恐ろしいことに収録作すべてが単行本初収録。なかには2019年に発見された未発表作品まで収録されている(以前にコメントで黒田さんから教えていただいたアレかな)。
 そして今月。とうとう盛林堂ミステリアス文庫から第二弾『童女裸像 他八篇』が刊行された。実は本書はもったいなくてなかなか読めなかったのだけれど、こうして一冊ストックができたことで、この度安心して読むことができた次第である。

 どうでもいい枕で申し訳ない。それでは収録作から。

「死後」
「探偵小説 運命の使者」
「探偵心理 無邪気な殺人鬼」
「冬の蠅」
「白いパイプ」
「時計の中の人」
「ロマネスクスリラー 吸血鬼」
「善意の殺人」
「死者を待つ」

 探偵心理 無邪気な殺人鬼

 いやあ、やはり宮野村子はいい。レアな作品が刊行されると往々にして希少性ばかりが話題になって、内容は二の次なんてことも多いけれど、宮野村子は違う。
 その作風はひと言でいうと美しい犯罪心理小説。あるいは格調高いイヤミスである。語り口もドラマチックで濃密な描写に酔わされる。『宮野村子探偵小説選』も素晴らしかったが、本書に収められている作品も、なぜこれまでまとめられていなかったのかというぐらい、傑作、佳品揃いだ。

 「死語」はタイトルどおり、死語の世界について盛り上がる三人の女性たちで幕を開ける。そこへ割り込んできた見知らぬ女性が、自らの体験を聞かせる怪談話。最後にオチを効かせてはいるが、そのオチも信じていいのかどうか。主人公のみならず読者も夢の中へ誘われるような気になってくるのが魅力。

 「探偵小説 運命の使者」は兄妹二人きりになってしまった、かつての名家が舞台。そこに仕えるのも今では使用人の母娘の二人しかおらず、四人で静かに大晦日の夜を迎えていた。そこへ想いもかけない訪問者が現れ……。
 過去の悲劇が呼び水となり、大晦日の夜に再び悲劇を招くという構図。中盤までの雰囲気作りは絶品だが、ストーリーの急ぎすぎというか、後半の慌ただしさがもったいない。惜しい作品である。

 「探偵心理 無邪気な殺人鬼」は表題作だけあってさすがに読ませる。前半の幼児の視点で描かれる母娘の暮らしがまずえぐい。母親の商売を幼児が客観的に語る部分が生々しく、それだけでやばい。そこへ隣に越してきた若夫婦の登場、母親の持っている薬の存在が明らかになると、もう穏やかに読み進められる読者はいないだろう。
 ラストも強烈で、直接的な描写がないのにこれだけ気持ちをブルーにさせてくれる著者の語りに感嘆するしかない。傑作。

 派手な事件などは起こらないが、いかにも宮野村子らしいテイストを感じられるのが「冬の蠅」。準二は幼馴染の元男爵の令嬢・冬美をからかおうとして、わざと庶民的な飲み屋に連れてくる。しかし高慢な性格の冬美には、そんな冗談が通じるはずもなく、むしろ店や客に嫌な思いをさせてしまう。ところが偶然その店にいた準二の先輩が、冬美の興味をひいてしまい……。
 実は冬美に惹かれていた準二の心情がどうこう……という展開であればよくある恋愛小説のパターンだが、宮野村子はここでえげつない捻りを入れてくる。

 「白いパイプ」は宮野村子には珍しいハッピーエンド(笑)。自分の留守中に、客を家にあげている妻の行動に不審なものを感じる夫の心理が読みどころ。

 「時計の中の人」も読ませる。吉村あきは息子の達也、甥の貞雄と暮らしていたが、あるとき貞夫が殺人罪で逮捕されてしまう。その貞雄が刑期を終えて戻ってくることになったが、あきには悩んでいることがあった。息子の達也が貞夫の婚約者・春江と結婚したいというのだ。
 カタストロフィを予想させるリアルな人物描写に加え、墓を作るという一人遊びに耽る達也の娘の存在が秀逸。イメージ、テーマ、事件の謎、すべての鍵を握っていたことに驚かされる。
 
 「ロマネスクスリラー 吸血鬼」は文字どおり吸血鬼の話。他の作品に比べるとプロットは物足りないが、婦人にそそのかされる少年というイメージが妖しく鮮烈。

 「善意の殺人」は珍しく普通に刑事が犯罪を捜査するというストーリーで、こういうオーソドックスなミステリも書いていたのかということにまず驚く。真相自体には宮野村子らしさも盛り込まれており、謎解きミステリとしての出来もまずまずなのだが、やはりこのスタイルでは宮野村子の持ち味があまり発揮されない印象を受ける。

 「死者を待つ」は未発表作品で本書の目玉。といっても管理人にとっては本書の全作が初読なので、あまり関係はないのだけれど(苦笑)。土砂崩れ災害の直後を舞台にしたミステリで、真相の意外性、雰囲気の凄さ、ストーリーの面白さ、描写の生々しさも含め、これも傑作といってよいだろう。
 なんせ原稿のまま見つかった作品ということで、編集者の校正や著者の推敲などもこれからだった可能性もあり、完成度はやや低い感じなのだが、それでも読む価値はある。

 ということで大満足の一冊。盛林堂さんではまだ在庫があるようなので、興味をもった方はぜひこちらで。
 ↓
 http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca1/662/p-r-s/
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Comments

Edit

SIGERUさん

語り口は非常に美しく静謐なのに、ストーリーがえげつないというか、登場人物に対して容赦ないところが痺れますね。記事では勢い余って「格調高いイヤミス」なんて書きましたが、例えば海外のイヤミス代表選手パトリシア・ハイスミスなんかに比べても、湿っぽい分、もっと強烈に思います。

あと、クリフォード・ウィッティング、どうもありがとうございます!!

Posted at 22:36 on 04 28, 2021  by sugata

Edit

sugataさん、こんにちは。
以前の記事を拝読して、宮野村子探偵小説選のⅠと、Ⅱの一部を通読しました。すばらしい作家性ですね。座談会でも、自らのスタイルへの矜持を一歩も譲らない凛とした佇まいに、感銘を受けました。
いま、クリフォード・ウィッティングを読んでいます。sugataさんの解説を先に読んでしまいました。行き届いた卓見に、何だかもう満足してしまいました。あ、ウィッティングもちゃんと読まなきゃ(笑)。

Posted at 12:34 on 04 28, 2021  by SIGERU

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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