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ハンナ・ティンティ『父を撃った12の銃弾』(文藝春秋)
ハンナ・ティンティの『父を撃った12の銃弾』を読む。どこだったかは忘れたが、「『ザリガニの鳴くところ』に感動した人はぜひ読むべし」みたいなオススメの言葉を目にして、まんまとそれに乗せられてしまったわけである。
父のサミュエル・ホーリーに連れられ、アメリカの各地を転々として暮らしてきた少女ルー。しかし、ルーが十二歳になったとき、ホーリーは亡くなったルーの母・リリーの故郷を訪れ、まともな暮らしに入ろうとする。しかし、リリーの母、ルーにとっては祖母にあたるメイベルは二人に会おうとせず、町の人々ともゴツゴツした関係しか築けない。やがて二人はトラブルも招くが、少しずつ居場所が見つかったかに思えたのだが……。

構成はありがちである。母リリーの故郷にやってきた父娘の暮らしを描く現在のパート。ホーリーのこれまでの生活を描く過去のパートが交互に語られる。
現在のパートでは、特殊な生活を送っていた二人が、どのように社会と折り合いをつけていくか、町の人々との交流を通して描かれる。ときには嬉しいこともあるが、やはり異邦人たるルーには辛いことも多く、次々と困難が立ちはだかる。こう書くと、いわゆる少女の成長物語だとか、青春小説とか、まあ、ありきたりな感じは受けてしまうかもしれないが(実際そういう面は強いけれど)、ルーとホーリー自体のミステリアスな部分が強いこともあって、なかなか先の展開が読めず、一気に引き込まれる。
対して過去のパートでは、なぜ二人はこういう生活を送っているのか、リリーはなぜ死んだのか、メイベルはなぜ二人に対して怒っているのか、その他諸々、現在のパートで浮かぶ数々の疑問に対する答えを語る。そしてこの過去パートが現在のパート以上に面白い。
表面的にはB級の犯罪小説の趣である。ホーリーの体には十二の銃痕があって、それぞれに撃たれた理由があるわけで、その傷の由来を一つひとつ章立てで描く。それがまた短編小説として成立するほど巧い。
そしてその過程で妻リリーとの出会いやルーの誕生なども軽やかに描かれるという趣向で、描写も上手いがこの構成力は見事としかいいようがない。
『ザリガニの鳴くところ』と共通するところは確かに多い。少女の成長を描き、エンターテインメントに仕上げながらも、深い感動を与えてくれるのはその最たるところだろう。両者ともそこまでミステリ的な味付けは強くないが、読み応えは十分。食わず嫌いの人もぜひお試しあれ。
父のサミュエル・ホーリーに連れられ、アメリカの各地を転々として暮らしてきた少女ルー。しかし、ルーが十二歳になったとき、ホーリーは亡くなったルーの母・リリーの故郷を訪れ、まともな暮らしに入ろうとする。しかし、リリーの母、ルーにとっては祖母にあたるメイベルは二人に会おうとせず、町の人々ともゴツゴツした関係しか築けない。やがて二人はトラブルも招くが、少しずつ居場所が見つかったかに思えたのだが……。

構成はありがちである。母リリーの故郷にやってきた父娘の暮らしを描く現在のパート。ホーリーのこれまでの生活を描く過去のパートが交互に語られる。
現在のパートでは、特殊な生活を送っていた二人が、どのように社会と折り合いをつけていくか、町の人々との交流を通して描かれる。ときには嬉しいこともあるが、やはり異邦人たるルーには辛いことも多く、次々と困難が立ちはだかる。こう書くと、いわゆる少女の成長物語だとか、青春小説とか、まあ、ありきたりな感じは受けてしまうかもしれないが(実際そういう面は強いけれど)、ルーとホーリー自体のミステリアスな部分が強いこともあって、なかなか先の展開が読めず、一気に引き込まれる。
対して過去のパートでは、なぜ二人はこういう生活を送っているのか、リリーはなぜ死んだのか、メイベルはなぜ二人に対して怒っているのか、その他諸々、現在のパートで浮かぶ数々の疑問に対する答えを語る。そしてこの過去パートが現在のパート以上に面白い。
表面的にはB級の犯罪小説の趣である。ホーリーの体には十二の銃痕があって、それぞれに撃たれた理由があるわけで、その傷の由来を一つひとつ章立てで描く。それがまた短編小説として成立するほど巧い。
そしてその過程で妻リリーとの出会いやルーの誕生なども軽やかに描かれるという趣向で、描写も上手いがこの構成力は見事としかいいようがない。
『ザリガニの鳴くところ』と共通するところは確かに多い。少女の成長を描き、エンターテインメントに仕上げながらも、深い感動を与えてくれるのはその最たるところだろう。両者ともそこまでミステリ的な味付けは強くないが、読み応えは十分。食わず嫌いの人もぜひお試しあれ。