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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

エリザベス・デイリー『殺人への扉』(長崎出版)

 今はなき長崎出版のクラシックミステリ叢書「Gem Collection」の読み残しを潰す読書。ものはエリザベス・デイリー『殺人への扉』。

 普段は古書研究家として働き、ときには探偵の真似事も行うヘンリー・ガーメッジの元へ、友人のコルビーがある女性を助けてほしいとやってきた。
 かつて夫を変死で失い、その後は世間から隠れるようにして暮らしてきたグレッグソン夫人。同居する年金生活社のストーナー夫人、従妹のセシリア、養子のロックぐらいしか接する人もいない彼女だったが、なぜか命に関わる事故が四回も立て続けに起こったという。しかも時を同じくして脅迫状めいた手紙が届いていた。夫の変死にも未だ謎は多く、依頼を引き受けたガーメッジはさっそく行動を起こすが……。

 殺人への扉

 これは悪くない。エリザベス・デイリーの作品はこれが四冊めだが『予期せぬ夜』に匹敵する出来ではないかな。
 クリスティがイチ押しした米国のミステリ作家というのがデイリーのウリ文句だが、本作もそれを裏付けるかのように、ゆったりしたストーリー展開、丁寧でわかりやすい描写、ひと癖ありそうな登場キャラクターなど、いかにもクリスティが好みそうな作品である。派手さには欠けるけれど描写が巧みで、特に本作の場合は読み終えてみれば犯人と探偵の心理戦という趣きもあり、サプライズも十分。
 ストーリーがゆったりしすぎているせいか、最初の百ページぐらいまではやや退屈な感じがあるけれど(苦笑)、ガーメッジが関係者に聞き込みにまわると俄然、面白くなる。緊張感は増し、デイリー作品おなじみというか、出てくるやつがどいつもこいつも怪しい。その人物描写がまた憎らしいぐらいテクニカルで、その怪しさがどこから出てくるものなのか、ここをしっかり理解して読み進めないと、著者にあっさり騙される羽目になる。とにかく誘導が上手い。

 驚いたのは探偵役ガーメッジのキャラクターである。これまでに読んだ作品ではここまでのことはなかったと思うが、本作では正義のためには法律をも重視しないタイプとして描かれる。証拠は隠すわ、犯行現場は荒らすわで、最初はかなり面食らう。ハードボイルドの探偵のようにキャラが元々荒っぽいのなら理解できるが、日常ではまあまあ常識人なのだから、どうしても捜査の際とのギャップは感じてしまう。
 まあ、違法行為についてはラストまでに弁明されるし、基本的には事件解決という目的があるからだとは理解できるが、それにしても思い切ったキャラクターで、これは好き嫌いが出るだろうな。とはいえ、こういう地味なストーリーにあって、このキャラクターはアクセントになっており、物語を進める原動力になっていることも確か。ガーメッジという探偵の本質を理解する意味でも、もう少し未訳作品の紹介が進んでほしいものだ。少なくとも本書のようなレベルであれば、十分に紹介する価値はある。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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