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夏目漱石『幻想と怪奇の夏目漱石』(双葉文庫)
文豪の幻想小説・怪奇小説を集めたシリーズは過去にもいろいろあって、どうしてもラインナップは重なってくるものだが、夏目漱石というのは珍しい。今のところ江戸川乱歩、内田百閒と続き、次回配本には泉鏡花が控えている。乱歩なんてもう全集やアンソロジーが山ほど出ているから、あえてここに入れる必要なんてないと思うのだが、まあ売れなきゃ次につながらないので、看板的に入れるのは仕方ないのだろう。とりあえず普段は縁がない作家を読むきっかけになるのはありがたいし、編者ならではの切り口を愉しみたいところだ。

「鬼哭寺の一夜」
「水底の感 」
「夢十夜」
「永日小品(抄) 」
「一夜」
「吾輩は猫である(抄) 」
「琴のそら音」
「趣味の遺伝」
「倫敦塔」
「幻影の盾」
「薤露行」
「マクベスの幽霊に就いて」
「漱石幻妖句集」
収録作は以上。よく知られている作品から文庫初収録、詩や俳句まで含めた陣容である。面白いところでは『吾輩は猫である』の一部を切り取ったものもあり、そりゃずるいと思いつつ、読んでみてなるほどとも思ったり。
そもそも夏目漱石がそんなに幻想怪奇小説をい書いていたっけという気もするのだが、漱石自身はけっこうお化け好きだったということで、こうして一冊にまとまるだけの作品が残っている。
さすがにストレートな幻想怪奇小説という感じではなく、なんとなく奇妙に思える事象について綴った随筆的なものが多い印象である。それでも『こころ』や『三四郎』といった長編から受けるイメージとはかなり違う漱石を味わうことができるし、「夢十夜」や「永日小品(抄) 」あたりは夢や奇妙な話を扱う割にけっこう理屈っぽい語りで、ここかしこに作者の穏やかなる狂気を感じられて興味深い。
印象に残ったのは久しぶりの再読となる「趣味の遺伝」。戦死した友人の墓ですれ違った美女の正体を探る話で、漱石の探偵嫌いはよく知られているが、これはもう完全に探偵小説。主人公の「余」も探偵嫌いを呟きつつ、探偵活動を進めていく様がユーモラスだ。戦地から帰ってきた兵士たちを眺める場面から、巡り巡って美女にたどり着く展開もアンバランスで、とにかく変な熱量があって引き込まれる。
小説以外では「漱石幻妖句集」も面白い。中にはかなりえぐいイメージの句もあり油断できない。
ともあれ夏目漱石の幻想怪奇小説が、こうしてコンパクトにまとめられ、手軽に読めるようになるというのは喜ばしいかぎり。続刊にも期待したいところだ。
Comments
作家違いですしここに書くことでもないでしょうが、中島敦の「山月記」に「現代語訳」なんてものが複数の出版社から出ていることを知って、百も年を取った気分です。
あれだけ平易に書かれた中島敦でさえそうなんですから、漱石や鴎外を、普通の日本人が読むわけがありません。
もう何もかも嫌になってきました。日本の古典ミステリ、もうほんと、研究者しか読まなくなるんじゃないかなあ。エンターテインメントの未来は暗い、ような気がします……。
Posted at 14:22 on 06 05, 2023 by ポール・ブリッツ
杣人さん
おお、漱石ファンでありましたか。漱石のこういう切り口は珍しいと思いましたが、ファンには周知のことだったのでしょうか。
ともあれなかなか楽しい一冊ではありました。全集、私もそのうち欲しいです。
Posted at 23:15 on 08 20, 2021 by sugata
ご無沙汰いたしております。
双葉文庫さんから『幻想と怪奇の夏目漱石』が出たとのこと、思わずニコニコして拝読いたしました。漱石ファンとしてはようやくこの視点で出るのかと成仏する気分。もちろん記念に買い求めますが、まずは漱石全集をひっくり返して読んでみましょう。
そして『猫』も読み返しながらどこを取り上げたのかを想像して楽しむこととします。
漱石はゴシックホラー?と思っているのですが、この場合のゴシックホラーの使い方が合っているのかどうか、理屈っぽい私にはちょっと気になるところです。
くれぐれもお体大切に。
Posted at 22:08 on 08 20, 2021 by 杣人
ポール・ブリッツさん
「山月記」の現代語訳があるんですね。それはまたなんと言いますか。古典にも意外と、というか古典こそ面白いストーリーがあったりするので、裾野を広げるにはいいような気もしますが、まあ、そういうことじゃないですね(笑)
小説の文体は、情報を伝えることだけが役目じゃないので、作家の文章はもっと尊重してもらいたいものです。
Posted at 20:24 on 06 05, 2023 by sugata