- Date: Thu 11 11 2021
- Category: 国内作家 宮野村子
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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宮野村子『童女裸像 他八篇』(盛林堂ミステリアス文庫)
宮野村子の『童女裸像 他八篇』を読む。戦前の探偵小説家のなかではベスト3に入れたいぐらいお気に入りの作家なので、手持ちのラスト一冊がもったいなくて読むのをためらっていたのだが、とうとう我慢できずに読んでしまった。

「狂い咲き」
「かなしき狂人」
「草の芽」
「山の里」
「臘人形」
「狂った罠」
「雨の日」
「花の影」
「童女裸像」
本書は盛林堂ミステリアス文庫から『探偵心理 無邪気な殺人鬼 他八篇』に続いて刊行された単行本未収録作品集で、上記の九作が収録されている。しかも、うち一篇は高木彬光の遺品から生原稿の形で見つかった未発表長編というから、とんでもなく貴重な一冊である。
内容もその期待をまったく裏切らない。宮野村子の作風はこれまでの感想でも何度か書いているが、基本的にはサスペンスを基調とした犯罪小説である。しかし、そこらのサスペンスと違うのは圧倒的な密度を持っていること。本格味はそれほどないけれども、心理描写が濃密で、かつ独特のウェット感があり、それらが重苦しいまでにサスペンスを高めてくれるのだ。
なかでも日常のなかに垣間見える狂気を描いた作品は絶品である。ふとした拍子に見せる妖しげな目の輝き、いびつなまでの感情表現、好きな物・人に対する異常な執着……そのひとつひとつは犯罪でも何でもないのだが、そういった他人から見た何か心に引っかかる不自然なエピソードが積み重なり、この先に待ち受ける破滅をじわじわと炙り出してゆく。その手際が最高なのである。格調高いイヤミスといってもよい。
以下、簡単に各作品のコメントなど。
「狂い咲」は巻頭を飾るに相応しい一篇。両親の強すぎる愛情のままに育った美津江はわがままな性格というだけでなく、異常さすら感じさせるものだった。そんな妻と長続きする結婚相手がいるはずもなく、美津江はこれまで三度も離婚を繰り返していたが、最後の男だけは……。
愛情と憎しみのねじ曲がった方向性が怖い。宮野村子の作品に時折見られるが、感情のほとばしる先がまったく読めないのだ。
愛しい息子がようやく戦争から帰ってきたものの、その人柄は別人のようであった。「かなしき狂人」は変わってしまった息子ではなく、それを受け入れようとする母親に焦点をあてるのが妙。怖くもあり悲しくもあり。
「草の芽」は宮野村子流の奇妙な味ともいうべき一篇。失った息子のかわりになればと、空き部屋を貸し出したお重。ところが紹介もされていない老人がやってきて、よくわからないうちに間借りを始めてしまう。挙げ句に深夜、女性を家に引き入れ……。
これは家主が逆に支配されるパターンか、と嫌なイメージしかなかったが、ラストで予想外の展開。よく考えればユーモラスな一作のはずだが、あえて逆ホラー的な作品と呼んでみたい。
前妻の浮気現場を見て逆上し、射殺した赤沼。それを承知で結婚した絹枝は下男と狐の三人と一匹で暮らし始める。しかし、絹枝は徐々に不満を抱き、下男を誘惑するというのが「山の里」。割とストレートな展開で、絹枝の心理より、赤沼の異常さをもう少し掘り下げてもよかった。
「臘人形」も「山の里」と同じ展開、同じ特徴をもつ。異常な愛憎を描いてはいるが、その異常さを感じる前に物語が終わる感じで、語り手を変える手もあったかもしれない。
ただ、ラストは乱歩を彷彿とさせる趣味もあって絵的には怖さもある。
「狂った罠」も男女の愛憎劇ではあるが、男側がトリックを用いて殺人を企てるという、比較的正統派の探偵小説。ネタとしてはそこまで独創的ではなく、こういうタイプになると、宮野村子の作品は少々物足りなくなる。
「雨の日」と「花の影」は、宮野村子には珍しいシリーズキャラクター・広岡巡査が登場する作品。いかにも昭和の推理小説といった内容で、味わい的には「狂った罠」と同様なのだが、しっかりとまとめられており、こういう作品も書けるのだという、ちょっとした驚きを味わえる。
「童女裸像」は未発表長篇(ただし短め)で、本書一番の注目作。幼友達の三重子と再開した淳は、三重子が好きでもない男と婚約していたことを知り、発作的に二人で心中を企てる。しかし、淳だけが生き残ってしまい、悩む淳は子どもの頃に可愛がってもらっていた弁護士・深見のもとを訪れる……。
ミステリとしての肝は、心中を試み、気を失っていた二人に、ある細工が仕掛けられたところだろう。三重子には首を絞められた跡があり、惇には疵を保護した跡があったのだ。果たしてその理由は? 真犯人はいるのか? という謎があるわけだが、全体的には小粒なので予想はつきやすく、かといって本格というほどの論理性はない。
読みどころはこれらの犯罪のベースにある登場人物たちの異常な心理であり、彼らにどのような相互作用が起こり、このような結果を招いてしまったかということ。全編を覆う妖しいムードは悪くなく、それが心理描写とあいまって宮野ワールドを作り上げているのはさすが。
ただ、タイトルになっている「童女裸像」は作中にも絵画として登場するが、このイメージが作中でも強く取りあげられているのに、事件の鍵を握るところまではいっていないのが惜しい。
ということで本書も十分満足できる一冊。盛林堂さんには多大なる感謝しかないものの、あえて書かせてもらうと、やはり宮野村子はマニアだけの同人誌で終わらせるような本ではない。できれば商業出版という形で広く読まれてほしい作家である。そして長らく絶版の長篇もどこかで出してほしいものだ。

「狂い咲き」
「かなしき狂人」
「草の芽」
「山の里」
「臘人形」
「狂った罠」
「雨の日」
「花の影」
「童女裸像」
本書は盛林堂ミステリアス文庫から『探偵心理 無邪気な殺人鬼 他八篇』に続いて刊行された単行本未収録作品集で、上記の九作が収録されている。しかも、うち一篇は高木彬光の遺品から生原稿の形で見つかった未発表長編というから、とんでもなく貴重な一冊である。
内容もその期待をまったく裏切らない。宮野村子の作風はこれまでの感想でも何度か書いているが、基本的にはサスペンスを基調とした犯罪小説である。しかし、そこらのサスペンスと違うのは圧倒的な密度を持っていること。本格味はそれほどないけれども、心理描写が濃密で、かつ独特のウェット感があり、それらが重苦しいまでにサスペンスを高めてくれるのだ。
なかでも日常のなかに垣間見える狂気を描いた作品は絶品である。ふとした拍子に見せる妖しげな目の輝き、いびつなまでの感情表現、好きな物・人に対する異常な執着……そのひとつひとつは犯罪でも何でもないのだが、そういった他人から見た何か心に引っかかる不自然なエピソードが積み重なり、この先に待ち受ける破滅をじわじわと炙り出してゆく。その手際が最高なのである。格調高いイヤミスといってもよい。
以下、簡単に各作品のコメントなど。
「狂い咲」は巻頭を飾るに相応しい一篇。両親の強すぎる愛情のままに育った美津江はわがままな性格というだけでなく、異常さすら感じさせるものだった。そんな妻と長続きする結婚相手がいるはずもなく、美津江はこれまで三度も離婚を繰り返していたが、最後の男だけは……。
愛情と憎しみのねじ曲がった方向性が怖い。宮野村子の作品に時折見られるが、感情のほとばしる先がまったく読めないのだ。
愛しい息子がようやく戦争から帰ってきたものの、その人柄は別人のようであった。「かなしき狂人」は変わってしまった息子ではなく、それを受け入れようとする母親に焦点をあてるのが妙。怖くもあり悲しくもあり。
「草の芽」は宮野村子流の奇妙な味ともいうべき一篇。失った息子のかわりになればと、空き部屋を貸し出したお重。ところが紹介もされていない老人がやってきて、よくわからないうちに間借りを始めてしまう。挙げ句に深夜、女性を家に引き入れ……。
これは家主が逆に支配されるパターンか、と嫌なイメージしかなかったが、ラストで予想外の展開。よく考えればユーモラスな一作のはずだが、あえて逆ホラー的な作品と呼んでみたい。
前妻の浮気現場を見て逆上し、射殺した赤沼。それを承知で結婚した絹枝は下男と狐の三人と一匹で暮らし始める。しかし、絹枝は徐々に不満を抱き、下男を誘惑するというのが「山の里」。割とストレートな展開で、絹枝の心理より、赤沼の異常さをもう少し掘り下げてもよかった。
「臘人形」も「山の里」と同じ展開、同じ特徴をもつ。異常な愛憎を描いてはいるが、その異常さを感じる前に物語が終わる感じで、語り手を変える手もあったかもしれない。
ただ、ラストは乱歩を彷彿とさせる趣味もあって絵的には怖さもある。
「狂った罠」も男女の愛憎劇ではあるが、男側がトリックを用いて殺人を企てるという、比較的正統派の探偵小説。ネタとしてはそこまで独創的ではなく、こういうタイプになると、宮野村子の作品は少々物足りなくなる。
「雨の日」と「花の影」は、宮野村子には珍しいシリーズキャラクター・広岡巡査が登場する作品。いかにも昭和の推理小説といった内容で、味わい的には「狂った罠」と同様なのだが、しっかりとまとめられており、こういう作品も書けるのだという、ちょっとした驚きを味わえる。
「童女裸像」は未発表長篇(ただし短め)で、本書一番の注目作。幼友達の三重子と再開した淳は、三重子が好きでもない男と婚約していたことを知り、発作的に二人で心中を企てる。しかし、淳だけが生き残ってしまい、悩む淳は子どもの頃に可愛がってもらっていた弁護士・深見のもとを訪れる……。
ミステリとしての肝は、心中を試み、気を失っていた二人に、ある細工が仕掛けられたところだろう。三重子には首を絞められた跡があり、惇には疵を保護した跡があったのだ。果たしてその理由は? 真犯人はいるのか? という謎があるわけだが、全体的には小粒なので予想はつきやすく、かといって本格というほどの論理性はない。
読みどころはこれらの犯罪のベースにある登場人物たちの異常な心理であり、彼らにどのような相互作用が起こり、このような結果を招いてしまったかということ。全編を覆う妖しいムードは悪くなく、それが心理描写とあいまって宮野ワールドを作り上げているのはさすが。
ただ、タイトルになっている「童女裸像」は作中にも絵画として登場するが、このイメージが作中でも強く取りあげられているのに、事件の鍵を握るところまではいっていないのが惜しい。
ということで本書も十分満足できる一冊。盛林堂さんには多大なる感謝しかないものの、あえて書かせてもらうと、やはり宮野村子はマニアだけの同人誌で終わらせるような本ではない。できれば商業出版という形で広く読まれてほしい作家である。そして長らく絶版の長篇もどこかで出してほしいものだ。
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