- Date: Sun 14 11 2021
- Category: 海外作家 ベール(アレックス)
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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アレックス・ベール『狼たちの城』(扶桑社ミステリー)
アレックス・ベールの『狼たちの城』を読む。少し前のミステリマガジンだったかの書評を読んで、第二次世界大戦中のドイツを舞台にした歴史ミステリ、しかもユダヤ人がドイツ人の捜査官に化けて事件を解決するという設定ということで、かなり気になっていた一冊である。
著者はオーストリアのミステリ作家で、本作以外にも第一次世界大戦後のウィーンを舞台にしたシリーズもあるらしく、これはなかなか期待できそうである。

こんな話。第二次世界大戦の末期、ドイツはニュルンベルクで古書店を営むイザークとその家族のもとへゲシュタポから通達が届く。それはニュルンベルクのユダヤ人からすべての財産を没収し、全員をポーランドへ移送させるというものだった。不安に慄くイザークたちだったが、イザークはかつての恋人クララがレジスタンス活動に関係しているのではないかと考え、密かにクララに相談する。そこで彼女が手配したのは、家族五人を匿うが、イザークだけはドイツ人に扮装して逃走するというものだった。
ところがイザークに与えられた偽の身分とは、なんとゲシュタポの特別犯罪捜査官というものであった。そして指示どおりに行動していたイザークの前に、親衛隊の兵士が迎えに現れる。イザークは捜査官に成りすましたまま、ナチスが接収した城内で起こった殺人事件を捜査するはめになるが……。
あ、これはいいぞ。インターネット上のレビューなどをみると賛否両論なので少し心配していたのだが、これは十分に面白いではないか。何なら傑作といってもよい。
否定的な意見もわからないではない。大きくはミステリとしての弱さ、ご都合主義的なところと、それによる全体的な軽さあたりだと思うのだが、まあ、確かにそういう側面はある。
ただ、それは本作をミステリとして期待するからいけないのであって(扶桑社ミステリーから出ているので仕方ないが)、本作はミステリとしての要素も含んではいるものの、全体で見ればエンタメ重視の冒険小説とみた方が適切だろう。城内で起こった密室的な殺人事件はスタートダッシュのための原動力ではあるが、実はもう一つメインストーリーがあって、そちらは完全に冒険小説的な色合いが勝っているし、主人公イザークにしても最初は単なる一般人だが、冒険を通して徐々に成長していくところなど、これはどうみても冒険小説の王道である。
とりわけ後者、イザークの成長物語としての部分は本作の大きな肝でもある。しかもポイントは三つあって、一つはイザークが捜査官ではないとバレないよう工夫を凝らして、捜査官としての行動が様になっていくところ。言ってみれば技術的な成長。二つ目はあくまで小市民としてナチスからの迫害に甘んじるしかなかったイザークが、ナチスや捕虜、レジスタンスらの人々に接することで、少しずつ正義感や使命感に目覚めていくところ。三つ目はそれらの成長を通して、人間的にも大きくなっていくところ。二つ目と三つ目は少々被り気味ではあるけれど、二つ目が社会的な成長、三つ目は個人としての成長と捉えたい。
ストーリーは文句無しである。主人公の魅力もあるが、やはり本作の要は設定とストーリー展開だ。次々と襲いかかる危機に対し、著者はことさらヘビーに扱わず、気持ち良いぐらいのテンポで主人公にクリアさせていく。単なる殺人事件の捜査だけではここまで面白くならなかったはず、というかスピーディーに扱う必要がないわけで、それを「メインストーリー」と絡ませ、膨らませたうえでスピード感を持たせたところに魅力がある。
強引すぎたりご都合主義的なところは確かに弱点ではあるが、それらをひとつずつガッツリと対処しているとページ数がいくらあっても足りない。そもそも設定が荒唐無稽であるから、あまりリアリティを求めすぎても意味がない。エンタメ、とりわけ冒険小説としてこのスピード感は重要である。
シリアスで重い小説もいいが、たまにはこういうカタルシス重視のエンタメ冒険小説も悪くない。
著者はオーストリアのミステリ作家で、本作以外にも第一次世界大戦後のウィーンを舞台にしたシリーズもあるらしく、これはなかなか期待できそうである。

こんな話。第二次世界大戦の末期、ドイツはニュルンベルクで古書店を営むイザークとその家族のもとへゲシュタポから通達が届く。それはニュルンベルクのユダヤ人からすべての財産を没収し、全員をポーランドへ移送させるというものだった。不安に慄くイザークたちだったが、イザークはかつての恋人クララがレジスタンス活動に関係しているのではないかと考え、密かにクララに相談する。そこで彼女が手配したのは、家族五人を匿うが、イザークだけはドイツ人に扮装して逃走するというものだった。
ところがイザークに与えられた偽の身分とは、なんとゲシュタポの特別犯罪捜査官というものであった。そして指示どおりに行動していたイザークの前に、親衛隊の兵士が迎えに現れる。イザークは捜査官に成りすましたまま、ナチスが接収した城内で起こった殺人事件を捜査するはめになるが……。
あ、これはいいぞ。インターネット上のレビューなどをみると賛否両論なので少し心配していたのだが、これは十分に面白いではないか。何なら傑作といってもよい。
否定的な意見もわからないではない。大きくはミステリとしての弱さ、ご都合主義的なところと、それによる全体的な軽さあたりだと思うのだが、まあ、確かにそういう側面はある。
ただ、それは本作をミステリとして期待するからいけないのであって(扶桑社ミステリーから出ているので仕方ないが)、本作はミステリとしての要素も含んではいるものの、全体で見ればエンタメ重視の冒険小説とみた方が適切だろう。城内で起こった密室的な殺人事件はスタートダッシュのための原動力ではあるが、実はもう一つメインストーリーがあって、そちらは完全に冒険小説的な色合いが勝っているし、主人公イザークにしても最初は単なる一般人だが、冒険を通して徐々に成長していくところなど、これはどうみても冒険小説の王道である。
とりわけ後者、イザークの成長物語としての部分は本作の大きな肝でもある。しかもポイントは三つあって、一つはイザークが捜査官ではないとバレないよう工夫を凝らして、捜査官としての行動が様になっていくところ。言ってみれば技術的な成長。二つ目はあくまで小市民としてナチスからの迫害に甘んじるしかなかったイザークが、ナチスや捕虜、レジスタンスらの人々に接することで、少しずつ正義感や使命感に目覚めていくところ。三つ目はそれらの成長を通して、人間的にも大きくなっていくところ。二つ目と三つ目は少々被り気味ではあるけれど、二つ目が社会的な成長、三つ目は個人としての成長と捉えたい。
ストーリーは文句無しである。主人公の魅力もあるが、やはり本作の要は設定とストーリー展開だ。次々と襲いかかる危機に対し、著者はことさらヘビーに扱わず、気持ち良いぐらいのテンポで主人公にクリアさせていく。単なる殺人事件の捜査だけではここまで面白くならなかったはず、というかスピーディーに扱う必要がないわけで、それを「メインストーリー」と絡ませ、膨らませたうえでスピード感を持たせたところに魅力がある。
強引すぎたりご都合主義的なところは確かに弱点ではあるが、それらをひとつずつガッツリと対処しているとページ数がいくらあっても足りない。そもそも設定が荒唐無稽であるから、あまりリアリティを求めすぎても意味がない。エンタメ、とりわけ冒険小説としてこのスピード感は重要である。
シリアスで重い小説もいいが、たまにはこういうカタルシス重視のエンタメ冒険小説も悪くない。
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