- Date: Wed 01 12 2021
- Category: 国内作家 長田幹彦
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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長田幹彦『蒼き死の腕環』(ヒラヤマ探偵文庫)
長田幹彦の『蒼き死の腕環』を読む。大正十三年に雑誌『婦人世界』に連載された作品である。探偵小説史的にいうと、本作の前年に乱歩が「二銭銅貨」を発表してデビューしており、日本の探偵小説にもいよいよ本格の息吹が芽生えたという頃だろう。
とはいえすぐに次々と本格探偵小説が生まれるわけではない。その主流はまだまだ通俗的なスリラーであり、しっかりとした謎解き要素をもった作品は少なかった。大衆小説の書き手であった長田幹彦も、従来の日本の探偵小説には日頃から物足りなさを覚えており、そこで実際に自分でも書いてみたというのが本作らしい。

まずはストーリー。ローマの旅芸人の一座から足を洗い、日本へやってきた房子と彼女を姉のように慕うヨハンの二人。ヨハンの父はイタリア在住の日本人外交官、母はローマの踊り子だったが、ヨハンは父を知らずして生き別れてしまっていた。今回の旅はヨハンの父を探す旅でもあったが、おり悪く関東大震災の影響もあり、調査は芳しくなかった。やがて所持金もほとんどなくなった二人は、ある興行師の誘いに乗るのだが……。
日本の探偵小説に物足りなさを覚えていたという著者だが、実は同じ文章で、「かなり苦心して書いてみたが、自分の思う十分の一の効果も得られない」とも書き残している。今となっては真意は不明だが、おそらくは謎解き要素をあまり盛り込めなかったことについての自虐だろうというのが解説・湯浅篤志氏の見方。苦労して書いたのに売れなかったと取れないこともないが(笑)、当時の流行作家だけに流石にそれはないか。
ちなみに解説では、探偵小説が当時、続々と雑誌などに掲載されていた状況や、その割には優れた本格探偵小説が生まれない原因を日本人の暮らしや風俗などに求めたりといった、当時の見解も含めて解説で触れられていて、なかなか興味深い。
そういうわけで著者自ら認めるとおり、本作は謎解き小説として見るところはそれほどない。しかし、こと娯楽読み物として見るなら、これはかなりぶっ飛んでいて面白い。
主人公の房子はジプシーの旅一座の女芸人(芸といってもサーカスや手品の類である理、お笑いではないので念のため)。幾多の苦労を超えてきた経験もあって、度胸は満点。ちょっとした犯罪など苦にもしないが、そのくせ身内には厚く、愛国心にも溢れている。のちの任侠ものの女性版といったキャラクターである。
ただ、若干、お人好しで抜けているところもあり、そのせいで悪人に漬け込まれたり騙されたりして事件に巻き込まれるが、最終的には世界をまたにかける犯罪組織を警察と組んで一網打尽にするというお話。雑誌連載ということもあり非常に山場が多くなるのは想定内だが、それと比例してご都合主義とか無茶な設定が多くなるのもお約束。もはや突っ込むのも野暮な話なのだが、それでも中盤以降で重要な位置を占めるフォックス夫人の正体などは流石に呆れてしまった(苦笑)。
惜しむらくは題名にもなっている「蒼き死の腕環」の存在。この腕環は房子が身につけている品物だが、さる人物から身につけていると死を招くと予言される。題名にもなっているほどなので、これがストーリーに大きく絡むのかと思いきや、ほぼ物語の象徴的な意味合いしかなかったのが拍子抜けだった。
ともあれ文学的な意味合いはともかくとして、大正時代の探偵小説がこうして復刊され、しかもけっこう面白く読めてしまうというのがこれまた面白い。同じくヒラヤマ探偵文庫で先に出た『九番館』も悪くなかったが、こちらの方が読み応えがあったような気がする。作者が探偵小説としてより意識して書いたからなのかも知れない。
とはいえすぐに次々と本格探偵小説が生まれるわけではない。その主流はまだまだ通俗的なスリラーであり、しっかりとした謎解き要素をもった作品は少なかった。大衆小説の書き手であった長田幹彦も、従来の日本の探偵小説には日頃から物足りなさを覚えており、そこで実際に自分でも書いてみたというのが本作らしい。

まずはストーリー。ローマの旅芸人の一座から足を洗い、日本へやってきた房子と彼女を姉のように慕うヨハンの二人。ヨハンの父はイタリア在住の日本人外交官、母はローマの踊り子だったが、ヨハンは父を知らずして生き別れてしまっていた。今回の旅はヨハンの父を探す旅でもあったが、おり悪く関東大震災の影響もあり、調査は芳しくなかった。やがて所持金もほとんどなくなった二人は、ある興行師の誘いに乗るのだが……。
日本の探偵小説に物足りなさを覚えていたという著者だが、実は同じ文章で、「かなり苦心して書いてみたが、自分の思う十分の一の効果も得られない」とも書き残している。今となっては真意は不明だが、おそらくは謎解き要素をあまり盛り込めなかったことについての自虐だろうというのが解説・湯浅篤志氏の見方。苦労して書いたのに売れなかったと取れないこともないが(笑)、当時の流行作家だけに流石にそれはないか。
ちなみに解説では、探偵小説が当時、続々と雑誌などに掲載されていた状況や、その割には優れた本格探偵小説が生まれない原因を日本人の暮らしや風俗などに求めたりといった、当時の見解も含めて解説で触れられていて、なかなか興味深い。
そういうわけで著者自ら認めるとおり、本作は謎解き小説として見るところはそれほどない。しかし、こと娯楽読み物として見るなら、これはかなりぶっ飛んでいて面白い。
主人公の房子はジプシーの旅一座の女芸人(芸といってもサーカスや手品の類である理、お笑いではないので念のため)。幾多の苦労を超えてきた経験もあって、度胸は満点。ちょっとした犯罪など苦にもしないが、そのくせ身内には厚く、愛国心にも溢れている。のちの任侠ものの女性版といったキャラクターである。
ただ、若干、お人好しで抜けているところもあり、そのせいで悪人に漬け込まれたり騙されたりして事件に巻き込まれるが、最終的には世界をまたにかける犯罪組織を警察と組んで一網打尽にするというお話。雑誌連載ということもあり非常に山場が多くなるのは想定内だが、それと比例してご都合主義とか無茶な設定が多くなるのもお約束。もはや突っ込むのも野暮な話なのだが、それでも中盤以降で重要な位置を占めるフォックス夫人の正体などは流石に呆れてしまった(苦笑)。
惜しむらくは題名にもなっている「蒼き死の腕環」の存在。この腕環は房子が身につけている品物だが、さる人物から身につけていると死を招くと予言される。題名にもなっているほどなので、これがストーリーに大きく絡むのかと思いきや、ほぼ物語の象徴的な意味合いしかなかったのが拍子抜けだった。
ともあれ文学的な意味合いはともかくとして、大正時代の探偵小説がこうして復刊され、しかもけっこう面白く読めてしまうというのがこれまた面白い。同じくヒラヤマ探偵文庫で先に出た『九番館』も悪くなかったが、こちらの方が読み応えがあったような気がする。作者が探偵小説としてより意識して書いたからなのかも知れない。
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