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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


クライド・B・クレイスン『ジャスミンの毒』(別冊Re-Clam)

 クラシックミステリ専門の同人誌『Re-ClaM』から別冊として発売されたクライド・B・クレイスンの『ジャスミンの毒』を読む。
 クライド・クレイスンとはまた懐かしい名前で、過去に翻訳されているのは、国書刊行会《世界探偵小説全集》の『チベットから来た男』が唯一。読んだのはもう二十年以上前のことになるが、実はあまり印象に残っていない。東洋趣味を打ち出した地味な本格、ぐらいが正直なところなのだが、ネット等の情報を見ると実は密室や不可能犯罪にこだわった作家だったらしい。過度な期待は禁物だが、これまで刊行された別冊Re-Clamにしても比較的派手な本格ミステリが多いだけに、そう言われるとやはり気になるのがミステリ好きの性というもので。

 こんな話。素人探偵として名を馳せる歴史学者のウェストボローのもとへ、香水会社の社長ルドゥーから手紙が届く。身内の誰かが自分を殺そうとしているというのだ。ウェストボローは投資家を装って新作香水の命名会議に出席し、ルドゥーの手紙の信憑性を確かめようとするが、なんと会食後に毒殺されたのは別の人物で……。

 ジャスミンの毒

 上に書いたように変な先入観を持たないようにはしていたが、それでも本作は予想以上に地味な作品で驚いた(苦笑)。しかし、香水会社の経営陣や技術者、広告代理店、株主など、いろいろな立場の人間たちが、それそれの思惑で動き、水面下で密かに繋がったり離れたりする人間模様がしっかり描かれ、まったく退屈はしない。
 前半は登場人物が一堂に会する場面が多く、その中で誰がルドゥーに対して動機を持っているのか、独特の緊張感が漂っていて読ませるし、後半は後半で各自の人間性や関係性が徐々に表面化してきて、ますます面白い。
 せっかちな人はこういう部分が退屈に感じたりもするんだろうが、本格ミステリこそ逆にこういう描写をしっかり作る必要がある。それによってストーリーに説得力が増し、真相の意外性も生きるわけである。実際、ストーリーに没入すればするほど、本作の犯人と動機には驚くのではないか。管理人などは見事に騙された口だ。

 ただ、惜しい点もちらほら。個人的にはトリックのしょぼさなどはあまり気にしないのだけれど、演出面が少々引っかかった。たとえば真相を犯人自らががほぼ説明してしまうところ、香水会社という設定があまり活かされていないところ、一部のキャラクターが妙に極端に劇画化されているところなど。
 とはいえ好みの部分も多いので、未読の人はそこまで気にすることもないだろう(普通はトリックの方が気になるはず)。むしろアメリカの本格ミステリでこういう落ち着いたタイプは珍しいし、個人的には悪くない一冊であった。できれば他の作品も読んでみたいものだ。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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