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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


極私的ベストテン2021

 早いもので今年も最後のブログ更新。2021年をざっと振り返ると、公的には長年務めていた会社の役員を降りたこともあって、フリーの立場でのんびり仕事をした一年。しかしプライベートでは引っ越しを計画して動き回り、思った以上に時間がかかったものの、来年の初夏あたりにはようやく新居へ引っ越しの目処が立ったところである。詳しいことは書かないが、やはりコロナの影響がいろいろ出たなぁという一年でもあった。
 読書関係ではクラシック中心は変わらないものの、海外作家はけっこう話題の新刊も消化できて、まあまあバランスよく読めた印象。

 ミステリも同人系がますます増えてきて、管理人も気になるものは買って読んでいるが、商業出版で成立しないものが有志の頑張りで読めるのは、本当にありがたいことだ。
 ただ、盛んになりすぎたせいか、今年は各所でトラブル(とまではいかないが)めいたこともちらほら目についた。
 ほぼプロに近い方もいるが、多くはやはりアマチュアなので、文章、校正、翻訳、造本、価格、その他いろいろな面で粗や足りないところがあるのは仕方ない。そんな同人の仕事(というか趣味)に対して厳しい意見・評価もまた増えてきているようだ。同人とはいえ本自体は一般にも販売されるわけだから、作り手や売り手はもっと品質に責任をもて、ということが根っこにはあるようだ。それはそれで理解できる。
 その原因がインターネットやSNSの普及にあることは否めないだろう。以前であればイベント会場でしか入手できなかった本が、今ではネットで気軽に買えるようになってしまった。しかもその情報がSNSでバンバン流れてくる。するとどうなるか。
 これまでは内輪の常識や事情が通じる人の間で売買するだけだったのに、ネット・SNSの普及で突然、通りすがりの人や一般の人がそこで買い物をするようになる。そして作り手や売り手は、そんな事情を知らない人たちによって、一気に商業レベルのものを問われることになってしまった、という状況なのであろう。
 これとは少し話が違うけれど、プロの書評家が本の紹介を動画で行っていた素人に噛みつくというトラブルもあった。これは従来の価値観にそぐわない書評のやり方・品質でありながら、多くの評判を得たことに対し、プロが思わず本音を漏らしたというところだろう。その手段があまりに拙かったとはいえ、これも気持ちはわからぬではない。
 詰まるところ、昨今はインターネットやSNS、自費出版、フリマサイトなど、さまざまな環境が充実してきたことが根底にあるのは間違いない。出版にしても書評にしても間口が大きく広がり、プロとアマを遮るハードルがかなり低くなっており、これを面白く思わないプロがいるのは当然と思える。しかし、ことクラシックミステリや海外文学に関していえばそもそも狭い世界である。違法なことをやっているのでないかぎり、そういったアマチュアの積極的な活動は、業界のためにはプラスであると考えたい。
 ただ、不特定多数への売買が発生する以上はもちろん責任も発生するわけなので、アマチュアの作り手や売り手も今後はより意識を高めていく必要はあるだろう。その上でプロの方々も暖かい目で見てあげられればと思う。


 とんでもなく陰気な枕になってしまったが、気を取り直して「極私的ベストテン」に入ろう。これは管理人が今年読んだ小説の中から、刊行年海外国内ジャンル等一切不問でベストテンを選ぶという年末恒例企画。
 それでは今年のベストテン、ご覧ください。


1位 ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』(国書刊行会)
2位 アレックス・ベール『狼たちの城』(扶桑社ミステリー)
3位 ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(創元推理文庫)
4位 ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(白水Uブックス)
5位 トマス・スターリング『ドアのない家』(ハヤカワミステリ)
6位 宮野村子『探偵心理 無邪気な殺人鬼 他八篇』(盛林堂ミステリアス文庫)
7位 レオ・ブルース『ビーフ巡査部長のための事件』(扶桑社ミステリー)
8位 辻真先『アリスの国の殺人』(双葉文庫)
9位 アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件』(創元推理文庫)
10位 エリー・グリフィス『見知らぬ人』(創元推理文庫)


 今年は本当にむちゃくちゃ悩んだ。サクッと面白かった本をリストアップしていくと四十冊以上になってしまい、そこからさらに二十冊ほどに絞り込んだが、この後が難しかった。単純に自分の好みで選ぶようにしているつもりだが、どうせブログで発表するからには、やはり他の人にも読んでもらいたい。そんなことまで考えると、もう候補作が頭の中でぐるぐる回りっぱなし。とりあえず順位はつけたけれど、ベストテンに入らなかった作品も含めてオススメしておきます。


 そんな中で1位に選んだのはジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』。ゴシックロマンの傑作として名高い作品ではあるが、ボーダーライン上の作品として、ミステリ的にも非常に重要な一作。これが1824年の作品という事実には恐れ入るしかない。

 2位は今年の新刊から『狼たちの城』。最近流行りの叙述的・メタ的なところがなく、ストーリー内のストレートなケレンで読ませる。ただ、個人的には各種ランキングが意外に低いことにがっかり(笑)。もっと上位に選ばれていい作品なのになぁ。

 3位も今年の新刊。『自由研究には向かない殺人』は久々に読んだ青春ミステリ、しかも抜群のキャラクターと語り口がマル。個人的な好みからは実はちょっと外れるのだけれど、これは文句なしに素晴らしかった。

 4位も1位同様、ミステリ誕生以前のゴシックロマン。読みどころは多々あるが、いま考えると探偵という行為そのものに疑問を呈しているのが凄いなと。しかもこれが1794年の作品!

 5位はトマス・スターリングの異色作。『一日の悪』でもよかったが、今読むと本作の方がより奇妙でインパクトが強いかなということで。

 6位は国産探偵小説作家で好きな作家を三人挙げろと言われたら、迷わず入れたい一人。だから新刊が読めるだけでもランクイン確実なのだが、内容は決してその順位に負けていない。宮野はもう一冊『童女裸像 他八篇』もあってどちらでも良かったが、とりあえず先に出たこちらを代表で。

 7位も個人的に大好きな作家である。この魅力が日本のミステリファンになかなか浸透しないのが不思議でならない。なお、ブルースはもう一冊『冷血の死』も読め、こちらも実に面白いのだが、同人系ゆえ手軽に入手できないこともあるので、とりあえず簡単に買える扶桑社ミステリーの方をセレクトした。

 食わず嫌いというわけではないが、これまであまり読んでこなかった著名作家にやられた一冊が8位の『アリスの国の殺人』。正直、仕掛け満載、やりすぎの作品は好きではないが、この辺ならギリギリ許容範囲。

 9位の『ヨルガオ殺人事件』はどうせみんな褒めるから、わざわざここで挙げなくてもいいのだろうけれど。とはいえ、これだけの作品をランクから外すのもそれはそれで狭量かなと押し込む。

 ラストは『見知らぬ人』。本作も楽しめたが、この叙述スタイルで続編をどう展開するのか、期待も込めてランクイン。変な仕掛けがないので、人にオススメしやすいところもよろしい。


 以上が2021年極私的ベストテンだが、今年は豊作ゆえ泣く泣く外した作品があまりに多かったので、以下、お気に入りを順不同で挙げておこう。

夏目漱石『幻想と怪奇の夏目漱石』(双葉文庫)
井上靖『井上靖 未発表初期短篇集』(七月社)
色川武大『怪しい来客簿』(文春文庫)
山尾悠子『飛ぶ孔雀』(文春文庫)
連城三紀彦『恋文』(新潮文庫)
陳浩基『網内人』(文藝春秋)
紫金陳『悪童たち』(ハヤカワ文庫)
チャールズ・ディケンズ『ディケンズ短篇集』(岩波文庫)
キャサリン・クロウ『スーザン・ホープリー』(ヒラヤマ探偵文庫)
R・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集 II 青いスカラベ』(国書刊行会)
ジョルジュ・シムノン『倫敦から来た男』(河出書房新社)
D・M・ディヴァイン『運命の証人』(創元推理文庫)
マイケル・イネス『ソニア・ウェイワードの帰還』(論創海外ミステリ)
ハリー・カーマイケル『アリバイ』(論創海外ミステリ)
アントニー・ギルバート『灯火管制』(論創海外ミステリ)
エリザベス・デイリー『殺人への扉』(長崎出版)
サミュエル・ロジャース『血文字の警告』(別冊Re-Clam)
クライド・B・クレイスン『ジャスミンの毒』(別冊Re-Clam)
ハンナ・ティンティ『父を撃った12の銃弾』(文藝春秋)
リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(ハヤカワミステリ)
アレックス・パヴェージ『第八の探偵』(ハヤカワ文庫)
マイクル・コナリー『汚名』(講談社文庫)
リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(扶桑社ミステリー)
オインカン・ブレイスウェイト『マイ・シスター、シリアルキラー』(ハヤカワミステリ)
トーベ・ヤンソン『トーベ・ヤンソン短篇集』(ちくま文庫)
ケン・リュウ『生まれ変わり』(新☆ハヤカワSFシリーズ)


 続いて今年はあまり読めなかったが、ノンフィクション系をいくつか。

北川清、徳山加陽、帝国書院編集部『地図で読む松本清張』(帝国書院)
若菜晃子/編著『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)
田口俊樹『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』(本の雑誌社)
書評七福神/編著『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)
北上次郎『阿佐田哲也はこう読め!』(田畑書店)
飯城勇三『エラリー・クイーン完全ガイド』(星海社新書)


 はあ、疲れた。とりあえず以上をもちまして、本年の「探偵小説三昧」営業終了とさせていただきます。
 今年もこのような辺境ブログをご覧になっていただいた皆様には感謝しかございません。来年もどうぞよろしくお願いいたします。では皆様、良いお年を。

Comments

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羽虫さん

ぜひお読みください。ミステリ誕生以前にミステリの要素を孕んだ(しかもハイレベルで)小説があったことに驚かされますし、なんといっても今のミステリにはない読み応えがあります。書かれた時代が時代ですので、さすがに一筋縄ではいきませんが、やはり一度は読んでもらいたい作品です。
かくいう私もこの辺りはまだまだですので、来年はいろいろ開拓していくつもりです。ぜひ、今後ともよろしくお付き合いください(笑)

Posted at 21:07 on 12 31, 2021  by sugata

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今年も色々と参考にさせて頂き、ありがとうございました。

『悪の誘惑』『ケイレブ・ウィリアムズ』は、感想を拝見した時から気になっていたのですが、これは読まなければなりませんね。

私の1位は『悪童たち』でした。『自由研究には向かない殺人』も良かったですね。
『狼たちの城』『ヨルガオ殺人事件』は積ん読なので来年の宿題です。

来年も本の感想楽しみにしておりますので、よろしくお願いいたします。

Posted at 20:46 on 12 31, 2021  by 羽虫

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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