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笹沢左保『愛人はやさしく殺せ』(徳間文庫)
徳間文庫の「トクマの特選!」は復刊専門のレーベルとしてスタートしたが、先日読んだ『猫の舌に釘をうて』もその一冊。古典と違って、昭和の手に入りそうで入らない傑作佳作を出してくれるのは、ミステリとちょっと深く付き合ってみようかという若い人にはとてもいい企画だと思う。ディープなファンにとってもこの辺りの作品は意外と後回しにしている人も多そうだし、できれば長く続いてほしいものだ。
という枕なので、本日の読了本は「トクマの特選!」から選びたかったのだが今回は勇み足。つまり来月に「トクマの特選!」から発売が予定されている一冊から旧版でお先に読んでみた次第。ものは笹沢左保の『愛人はやさしく殺せ』である。
「トクマの特選!」の尖った表紙と違って昭和感満載のイラストが、むしろ笹沢左保の作風とマッチしてこれはこれで味わい深い。

まずはストーリー。東日本の山林王とも呼ばれる資産家の小木曽善造は、実務を弟と息子に任せ、自らは三人の秘書兼愛人を侍らせ、趣味の事業に没頭していた。ところがその三人の秘書兼愛人の一人・有馬和歌子が、善造との出張中に殺されるという事件が起こる。
善造の息子・高広は親友の刑事・春日多津彦に個人的に調査を依頼、交通事故で入院中ながらほぼ完治していた春日は、親友の頼みとあって調査に乗り出した。しかし三人の秘書兼愛人が次々と殺害され、しかもその背景には日本神話にある三種の神器が関係してくる……。
メインストーリーは春日刑事が美人ニューハーフ・ミナを相棒に、全国の事件現場を訪ねて回るという展開。それこそ昭和の典型的なサスペンスドラマであり、トラベルミステリの雰囲気もけっこう強めである。しかも見立て殺人と思わせた三種の神器の設定がいまひとつ。
「トクマの特選!」も本作については見誤ったかと思いきや。中盤を過ぎる頃から想定外の要素が入り、並行して容疑者の目星がついてくると無事に息を吹き返す。
一応、その中心となるのがアリバイトリックだろう。登場人物が限られているので、犯人自体は予想がつきやすい。しかし、著者はシンプルとはいえかなり強引なトリックによってアリバイを成立させ、読者を悩ませる。
著者が巧いのは、単にそのアリバイトリックだけで勝負するのではなく、プラスアルファの要素即ち読者にそれを悟らせない仕掛けをここかしこに効かせているところだ。電話だったり手紙だったり、そうした小道具の使い方が巧く、本作の価値を高めてくれている。
ということで著者の他の傑作よりは落ちるが、単体で見るかぎりは悪い作品ではなく、著者のアイデアやテクニックを楽しめる一作といっていいだろう。
※2022/5/15追記
本文中で本書『愛人はやさしく殺せ』が、「トクマの特選!」で復刊されたかのような表現をしておりますが、あくまで徳間文庫の新装版であり、「トクマの特選!」レーベルではないようです。失礼いたしました。でもなんで「トクマの特選!」ではなかったのかしら?
という枕なので、本日の読了本は「トクマの特選!」から選びたかったのだが今回は勇み足。つまり来月に「トクマの特選!」から発売が予定されている一冊から旧版でお先に読んでみた次第。ものは笹沢左保の『愛人はやさしく殺せ』である。
「トクマの特選!」の尖った表紙と違って昭和感満載のイラストが、むしろ笹沢左保の作風とマッチしてこれはこれで味わい深い。

まずはストーリー。東日本の山林王とも呼ばれる資産家の小木曽善造は、実務を弟と息子に任せ、自らは三人の秘書兼愛人を侍らせ、趣味の事業に没頭していた。ところがその三人の秘書兼愛人の一人・有馬和歌子が、善造との出張中に殺されるという事件が起こる。
善造の息子・高広は親友の刑事・春日多津彦に個人的に調査を依頼、交通事故で入院中ながらほぼ完治していた春日は、親友の頼みとあって調査に乗り出した。しかし三人の秘書兼愛人が次々と殺害され、しかもその背景には日本神話にある三種の神器が関係してくる……。
メインストーリーは春日刑事が美人ニューハーフ・ミナを相棒に、全国の事件現場を訪ねて回るという展開。それこそ昭和の典型的なサスペンスドラマであり、トラベルミステリの雰囲気もけっこう強めである。しかも見立て殺人と思わせた三種の神器の設定がいまひとつ。
「トクマの特選!」も本作については見誤ったかと思いきや。中盤を過ぎる頃から想定外の要素が入り、並行して容疑者の目星がついてくると無事に息を吹き返す。
一応、その中心となるのがアリバイトリックだろう。登場人物が限られているので、犯人自体は予想がつきやすい。しかし、著者はシンプルとはいえかなり強引なトリックによってアリバイを成立させ、読者を悩ませる。
著者が巧いのは、単にそのアリバイトリックだけで勝負するのではなく、プラスアルファの要素即ち読者にそれを悟らせない仕掛けをここかしこに効かせているところだ。電話だったり手紙だったり、そうした小道具の使い方が巧く、本作の価値を高めてくれている。
ということで著者の他の傑作よりは落ちるが、単体で見るかぎりは悪い作品ではなく、著者のアイデアやテクニックを楽しめる一作といっていいだろう。
※2022/5/15追記
本文中で本書『愛人はやさしく殺せ』が、「トクマの特選!」で復刊されたかのような表現をしておりますが、あくまで徳間文庫の新装版であり、「トクマの特選!」レーベルではないようです。失礼いたしました。でもなんで「トクマの特選!」ではなかったのかしら?
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ポール・ブリッツさん
売れ行き次第でしょうが、梶龍雄も予定されているみたいですね。あと『殺人者にダイアルを』もちょっといやかも(笑)。
徳間刊行が優先ならリア王とか幻狼とかでしょうかね。
Posted at 19:27 on 02 26, 2022 by sugata