- Date: Thu 16 06 2022
- Category: 評論・エッセイ 松坂健
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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松坂健『海外ミステリ作家スケッチノート』(盛林堂ミステリアス文庫)
昨年に亡くなったミステリ研究家の松坂健氏の、初の単独著書となる『海外ミステリ作家スケッチノート』を読む。

本書はもともと101人のミステリ作家を六人で分担して紹介するというガイドブックの企画だったようだ。それが二〇〇〇年頃の話。しかし執筆者のタイミングが合わず、企画は自然消滅。
それからおよそ十年後にその企画を引き受ける出版社が現れ、今度は松坂氏が一人で101人分の執筆に臨む。本業が別にあるので、執筆は休みを潰して続けられたそうだが、それでも膨大な量である。そもそも作品ガイドと違って、作家ガイドは全作品を読み込んだ上での執筆となる。恐ろしく気が遠くなる作業だ。
それでも執筆は進み、76人まで書き上げたときのこと。今度はなんと出版社が消滅し、原稿は宙に浮いてしまう。まもなく松坂氏は病に倒れ、二〇二一年に亡くなるのだが、その原稿をサルベージしたのが盛林堂であり、こうして今、『海外ミステリ作家スケッチノート』として読めることになった。
解説の引き写しで申し訳ないが、以上が本書誕生の経緯である。まさに波乱万丈ではあるが、とはいえ肝心の中身が凡庸であれば、こういう話も大変でしたで終わり。
その点、本書は内容も実に面白く、まさに氏のライフワークにふさわしい作品であり、それが水の泡とならず、101人に届かなかったもののこうして76人分の原稿が読めるだけでもありがたい。
とにかく内容が素晴らしい。文体は軽妙だし、作家一人当たりの紹介原稿は二千字弱といったところで、一見すると軽いエッセイ風の作家ガイド。しかし、これが実に鋭い考察の元に書かれている。総括的にまとめるのではなく、切り口が新鮮というか、従来の作家ガイドにないオリジナリティを持たせ、これまでとは違った解釈を試みている。かといって変に理屈を捏ねるのではないから、ストンとこちらの腹に落ちるのが気持ちよい。シムノンやチャンドラーの項なんかは思わず「そうそう」と膝を叩きたくなった。
松坂氏は執筆にあたり「新しい形容、新しい視覚、新しい評価を与えたい」という言葉を残していたようで、その意気込みがうかがえる。
作家の選択も面白い。セレクトにも随分苦労されたようで、ジャンル的にはかなり幅広く、個人的にはジェレマイア・ヒーリイやスティーヴン・グリーンリーフといったネオハードボイルド勢が入っているのが嬉しい。なんせこの手のガイドでなかなか選ばれる作家ではないだけに、この辺りは松坂氏の選球眼に感謝である。
また、予定されていたのに書かれなかった作家もリストとして掲載されており、その中にはクイーンやキング、アルレー、リンク&レヴィンソン、ウェストレイク等々の大御所もずらりと並ぶ。おそらくだが、それこそ新たな切り口を模索しているため後回しになったのだろうが、これはぜひ読みたかったところである。
なお、装画と76人の作家のイラストをYOUCHAN氏が一人で担当している。この方の絵はポップだけれどスマートで嫌味がなく、個人的にも気に入っている絵師さんだ。ご本人も熱烈なミステリファンということもあるのだろうが、それにしても76人分の作家の絵なんてよく描いたよなぁ。松坂氏の原稿に見合う、素晴らしい仕事といえるだろう。
というわけで本書については大満足。これからも折に触れて読み返したくなる一冊である。

本書はもともと101人のミステリ作家を六人で分担して紹介するというガイドブックの企画だったようだ。それが二〇〇〇年頃の話。しかし執筆者のタイミングが合わず、企画は自然消滅。
それからおよそ十年後にその企画を引き受ける出版社が現れ、今度は松坂氏が一人で101人分の執筆に臨む。本業が別にあるので、執筆は休みを潰して続けられたそうだが、それでも膨大な量である。そもそも作品ガイドと違って、作家ガイドは全作品を読み込んだ上での執筆となる。恐ろしく気が遠くなる作業だ。
それでも執筆は進み、76人まで書き上げたときのこと。今度はなんと出版社が消滅し、原稿は宙に浮いてしまう。まもなく松坂氏は病に倒れ、二〇二一年に亡くなるのだが、その原稿をサルベージしたのが盛林堂であり、こうして今、『海外ミステリ作家スケッチノート』として読めることになった。
解説の引き写しで申し訳ないが、以上が本書誕生の経緯である。まさに波乱万丈ではあるが、とはいえ肝心の中身が凡庸であれば、こういう話も大変でしたで終わり。
その点、本書は内容も実に面白く、まさに氏のライフワークにふさわしい作品であり、それが水の泡とならず、101人に届かなかったもののこうして76人分の原稿が読めるだけでもありがたい。
とにかく内容が素晴らしい。文体は軽妙だし、作家一人当たりの紹介原稿は二千字弱といったところで、一見すると軽いエッセイ風の作家ガイド。しかし、これが実に鋭い考察の元に書かれている。総括的にまとめるのではなく、切り口が新鮮というか、従来の作家ガイドにないオリジナリティを持たせ、これまでとは違った解釈を試みている。かといって変に理屈を捏ねるのではないから、ストンとこちらの腹に落ちるのが気持ちよい。シムノンやチャンドラーの項なんかは思わず「そうそう」と膝を叩きたくなった。
松坂氏は執筆にあたり「新しい形容、新しい視覚、新しい評価を与えたい」という言葉を残していたようで、その意気込みがうかがえる。
作家の選択も面白い。セレクトにも随分苦労されたようで、ジャンル的にはかなり幅広く、個人的にはジェレマイア・ヒーリイやスティーヴン・グリーンリーフといったネオハードボイルド勢が入っているのが嬉しい。なんせこの手のガイドでなかなか選ばれる作家ではないだけに、この辺りは松坂氏の選球眼に感謝である。
また、予定されていたのに書かれなかった作家もリストとして掲載されており、その中にはクイーンやキング、アルレー、リンク&レヴィンソン、ウェストレイク等々の大御所もずらりと並ぶ。おそらくだが、それこそ新たな切り口を模索しているため後回しになったのだろうが、これはぜひ読みたかったところである。
なお、装画と76人の作家のイラストをYOUCHAN氏が一人で担当している。この方の絵はポップだけれどスマートで嫌味がなく、個人的にも気に入っている絵師さんだ。ご本人も熱烈なミステリファンということもあるのだろうが、それにしても76人分の作家の絵なんてよく描いたよなぁ。松坂氏の原稿に見合う、素晴らしい仕事といえるだろう。
というわけで本書については大満足。これからも折に触れて読み返したくなる一冊である。
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