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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


水谷準『薔薇仮面』(皆進社)

 皆進社が立ち上げた《仮面・男爵・博士》叢書が近々、第二巻を刊行するというので、慌てて積んでおいた第一巻、水谷準の『薔薇仮面』を読む。
 タイトルもそうだが叢書名がこれまた強烈で、これは簡単にいうと《仮面・男爵・博士》といったギミックに代表されるような通俗探偵小説群のことを指す。
 ザクッとしたことは本書の序文に書かれている。探偵小説が探偵小説と呼ばれた時代、本格でもなく変格でもなく、あくまで大衆に探偵小説の面白さを広めようと乱歩が書いた『蜘蛛男』が通俗探偵小説ブームのきっかけだ。乱歩の目論見どおり『蜘蛛男』以降に探偵小説は広く読者を獲得していくのだが、その中心は乱歩の作品を模倣した通俗探偵小説であり、探偵小説のセンセーショナルな部分だけが強調された低俗な作品と見做された。やがて松本清張や仁木悦子らの登場で、「探偵小説」は「推理小説」へと移行していくが、「通俗探偵小説」はそんな探偵小説末期に咲いた徒花といってもよいのだろう。
 基本的には消費されるだけの読み物であり、今では忘れられた作品ばかりである。重要な作品が残っているとも思えないが、そこには「ミステリ」や「推理小説」からは感じられない妖しいロマンがあることも事実。そういった作品から特に注目すべきものをピックアップしたのが、この《仮面・男爵・博士》叢書なのである。
 素晴らしいではないですか。個人的にはその方向性は絶対的に支持するところなので、版元関係各位にはどうぞ無理をなさらず、長く続けてほしいものである。

 さて、前置きが長くなったが、水谷準の『薔薇仮面』である。まずは収録作。

「三つ姓名(なまえ)の女」
「さそり座事件」
「墓場からの死者」
「赤と黒の狂想曲」
「薔薇仮面」

 薔薇仮面

 水谷準といえば怪奇幻想小説の印象が強いけれど、実はユーモア探偵小説や通俗スリラーなどけっこう幅広い作品を残している。入手しやすいところでは論創ミステリ叢書の『水谷準探偵小説選』や春陽文庫の『殺人狂想曲』などがあるが、作品の内容などを鑑みるとベタな通俗探偵小説とはちょっと異なる。その点、本書に収められた作品は徹底して娯楽のみを追求し、いい意味で大衆に媚びている(褒めてます)。まさに通俗探偵小説のお手本のような一冊なのである。
 最初の四作が短篇で、「薔薇仮面」のみ長篇といった構成。このジャンルにありがちなエログロ要素が少なく、全般的に都会的でスマートな作品が多いのが特徴だろう。当時のモダンな都会の風俗が描写されているのも売りの一つだったのではないか。
 すべての作品に新聞記者の相沢陽吉が登場するが、彼にしても健全なもので、新聞記者にありがちなガツガツしたところは極めて少ない。これは単なる想像だが、編集長も務めた人だけに、通俗ものとはいえ、いや通俗ものだからこそ、誰でもが手に取れるような内容を意識していたのかもしれない。

 なお、探偵小節としての過剰な期待は禁物である(笑)。
 さすがに水谷準だけあり、探偵小説としての骨格はひと通り備えているし、序盤のツカミは秀逸なものが多い。どれもそれなりに楽しくは読めるのだが、決してそれ以上のものではないのが通俗探偵小説の通俗探偵小説たる所以である。
 ただ、表題作の長篇「薔薇仮面」だけはラストで驚愕のトリック(笑)を用意していて、こういうのがあるから通俗探偵小説は止められないのだ。

 最後に一つだけ不満を書いておくと、本作にはなんと「薔薇仮面」が一切登場しない。赤いマフラーで顔を隠す人物がおり、それを指して「薔薇仮面」と称したのだろうが、「薔薇」という例えすら作中にはないのである。まあ、こういうアバウトさも込みで通俗探偵小説の魅力なのだけれど。

※興味がある方はこちらでどうぞ
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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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