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笹沢左保『他殺岬』(光文社文庫)
笹沢左保の他殺岬』を読む。管理人の手持ちは古本で買った光文社文庫版だが、少し前に「トクマの特選!」でも新装版が発売されたばかり。誘拐ものの代表作として知られる一作である。
美容業界の大物・環千之介が自殺した。さらにその後を追うようにして、後継と目されている娘の環ユキヨも足摺岬から身を投げる。
きっかけは女性週刊誌のスクープ記事だ。彼らの詐欺的な美容商品がすっぱ抜かれ、そこから過去の不祥事も明るみに出てしまったのだ。たちまち事業は停止に追い込まれ、千之介の逮捕も時間の問題だった。
そんなとき、記事を書いたルポライター・天知昌二郎のもとに、ユキヨの夫・環日出夫から電話が入る。ユキヨの死の責任は天知にあり、その復讐として天知の幼い息子を誘拐し、五日後に殺害するというのだ。
天知はユキヨの死が自殺ではなく、他殺の可能性があると考え、それを証明することで日出夫を説得しようとするが……。

著者の誘拐ものといえば『真夜中の詩人』が面白い趣向の作品だったが、本作も悪くない。
主人公がある仮説の元にユキヨの自殺事件を再調査するというのが大きなストーリー。五日間というタイムリミットを設けてサスペンスを高めてはいるが、全体的には足で稼ぐ調査が中心で、どちらかといえば地味な展開だろう。だが、そのバックヤードに構築されたプロット・構図が恐ろしいほどに緻密で、終盤でようやく著者の狙いに下を巻くという寸法である。登場人物はごく少数に限られているし、なんとなく犯人も動機も想像はつきやすいのだが、最後に読者の予想をサクッと外しにかかるのは、さすが笹沢左保といったところ。
要はお話作りが巧いのだろう。笹沢作品は純粋なミステリとしての面白さと、人間ドラマとしての面白さをバランスよくブレンドしている印象で、本作もその例に漏れず。
特にラストで示される二つの展開は非常に効果的だ。主人公の胸だけでなく、読者の胸にも割り切れないモヤモヤを残してくれる。この負の余韻ともいうべきところが本作の魅力といっても過言ではない。
ただ、ここまで誉めておいてなんだが気になる部分もちらほら。一番気になるのは、複雑になったプロットを成立させるため、どうしても登場人物の行動に無理が出てしまうところ。たとえば犯人の気持ちはわからないではないが、そこまでやりますか、ということだ。
また、主人公のユキヨの事件を解決することで犯人を説得するという部分も相当に無理があるし、警察と重要な情報を共有しないのも不思議。まあ、そこは単に省いているだけかもしれないが、警察が捜査すればよりスムーズに進んだ部分もあるだけに、少々乱暴な印象は拭えない。
ということで少しケチも付けたものの、誘拐もののバリエーションとして十分に楽しめる一作で、読んでおいて損はない。
ちなみに天知昌二郎は本作のほか『求婚の密室』、『地下水脈』にも登場するが、後者は未読なので、ぜひそのうちに。
美容業界の大物・環千之介が自殺した。さらにその後を追うようにして、後継と目されている娘の環ユキヨも足摺岬から身を投げる。
きっかけは女性週刊誌のスクープ記事だ。彼らの詐欺的な美容商品がすっぱ抜かれ、そこから過去の不祥事も明るみに出てしまったのだ。たちまち事業は停止に追い込まれ、千之介の逮捕も時間の問題だった。
そんなとき、記事を書いたルポライター・天知昌二郎のもとに、ユキヨの夫・環日出夫から電話が入る。ユキヨの死の責任は天知にあり、その復讐として天知の幼い息子を誘拐し、五日後に殺害するというのだ。
天知はユキヨの死が自殺ではなく、他殺の可能性があると考え、それを証明することで日出夫を説得しようとするが……。

著者の誘拐ものといえば『真夜中の詩人』が面白い趣向の作品だったが、本作も悪くない。
主人公がある仮説の元にユキヨの自殺事件を再調査するというのが大きなストーリー。五日間というタイムリミットを設けてサスペンスを高めてはいるが、全体的には足で稼ぐ調査が中心で、どちらかといえば地味な展開だろう。だが、そのバックヤードに構築されたプロット・構図が恐ろしいほどに緻密で、終盤でようやく著者の狙いに下を巻くという寸法である。登場人物はごく少数に限られているし、なんとなく犯人も動機も想像はつきやすいのだが、最後に読者の予想をサクッと外しにかかるのは、さすが笹沢左保といったところ。
要はお話作りが巧いのだろう。笹沢作品は純粋なミステリとしての面白さと、人間ドラマとしての面白さをバランスよくブレンドしている印象で、本作もその例に漏れず。
特にラストで示される二つの展開は非常に効果的だ。主人公の胸だけでなく、読者の胸にも割り切れないモヤモヤを残してくれる。この負の余韻ともいうべきところが本作の魅力といっても過言ではない。
ただ、ここまで誉めておいてなんだが気になる部分もちらほら。一番気になるのは、複雑になったプロットを成立させるため、どうしても登場人物の行動に無理が出てしまうところ。たとえば犯人の気持ちはわからないではないが、そこまでやりますか、ということだ。
また、主人公のユキヨの事件を解決することで犯人を説得するという部分も相当に無理があるし、警察と重要な情報を共有しないのも不思議。まあ、そこは単に省いているだけかもしれないが、警察が捜査すればよりスムーズに進んだ部分もあるだけに、少々乱暴な印象は拭えない。
ということで少しケチも付けたものの、誘拐もののバリエーションとして十分に楽しめる一作で、読んでおいて損はない。
ちなみに天知昌二郎は本作のほか『求婚の密室』、『地下水脈』にも登場するが、後者は未読なので、ぜひそのうちに。
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