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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


葉山嘉樹『葉山嘉樹短篇集』(岩波文庫)

 純文学の作家でも探偵小説や怪奇小説を書いた人は多いが、それには大きく二種類ある。著者が意識して探偵小説や怪奇小説を書いている場合と、本人はまったく意識していなかったのに、結果的に書いたものがそうなっていたという場合である。
 大正・昭和のプロレタリア文学を代表する作家、葉山嘉樹も後者の一人だろう。教科書にも採用されたことがある「セメント樽の中の手紙」などは優れたプロレタリア文学でありながら、同時に変格探偵小説や怪奇小説としても読めるという一作だ。
 本日の読了本は、その「セメント樽の中の手紙」を含む、葉山嘉樹の代表的短篇を発表順に並べた『葉山嘉樹短篇集』。まずは収録作。

「セメント樽の中の手紙」
「淫売婦」
「労働者の居ない船」
「天の怒声」
「電燈の油」
「人間肥料」
「暗い出生」
「猫の踊り」
「人間の値段」
「窮鼠」
「裸の命」
「安ホテルの一日」

 葉山嘉樹短篇集

 プロレタリア文学といえば、労働者が直面する過酷な現実を描いた小説といえば概ね間違いないだろう。たとえば労働者階級の虐げられた暮らしぶりだったり、資本家と労働者の対立や階級闘争といったイメージだ。
 葉山嘉樹もまた社会的弱者、庶民、労働者を丹念に描き続けた作家だが、注目すべきは初期の作品群である。というのもテーマは終生一貫しているものの、初期の作品については、その描写や表現方法がかなりアナーキーらしく、そこに注目して今回読んでみた次第である。

 で、実際のところだが、これは確かに凄まじい。
 労働者階級の悲惨な状況を伝えたいがため、という面はあるのだろうが、それにしてもここまでやるのかといった感じである。同ジャンルで有名な小林多喜二の『蟹工船』もそれはそれでシンドイものがあるが、葉山嘉樹の場合、ちょっと意味合いが異なるというか、生理的なストレスを与えてくるのがきつい。これはまさしく変格や怪奇小説の世界なのである。

 もちろん全部が全部ではなく、先ほども書いたように初期作品にその傾向が強い。
 まずはなんといっても「セメント樽の中の手紙」。セメント工場で働く男が、セメント袋に入っていた手紙を見つけ……という一席。ごく短い作品ながら、工員の奇妙で悲惨な死に方、その恋人が綴る(狂っているとしか思えない)心情など、乱歩の猟奇作系品を彷彿とさせる。妖しい美しさすら漂わせる作品だが、最後の最後で手紙の読み手が発する「何もかも打ち壊してみてえなあ」というセリフ、そしてラストの一行によって、本作が紛れもなくプロレタリア文学であることを思い出させてくれる。

 「淫売婦」も強烈。主人公はあるとき数人の男たちに囚われ、無理やり娼婦を買わされる羽目になる。しかし連れていかれた先は、臭った畳の上で、汚物に塗れ、一目で病気持ちであることがわかる娼婦がいる、なんとも悍ましい状況だった。主人公は義憤に駆られ、娼婦を逃がそうとするが、彼女に拒否されてしまう……。
 過酷な状況に縛られて逃げることすらできないのは、娼婦だけでなく弱者全般の比喩でもあるのだろうが、それにしてもここまでグロに走る必要があったのか。葉山のセンスにビビる。

 以上の二作に比べると、ほかはまあまあまともだが、それでもコレラが蔓延した船の様子を描く「労働者の居ない船」、毒ガス工場の影響で奇形になった人間ばかりが集う組合の話「人間肥料」はなかなか毒が強い。
 また、大家と借家人の値下げ交渉を描いた「窮鼠」は、物語の舞台となる鮑のような形をした巨大バラックでの貧しい人々の生活に引き込まれる。

 プロレタリア文学は労働者階級に寄り添うものではあるが、ぶっちゃけ観念的だったり思想的だったりするものが多く、肝心の読者に伝わりにくいところがあった。それこそ現実とリンクしないところが欠点だったように思う。そういった弱点を補うためにハードルをできるだけ下げ、インパクトを重視し、まず読者にメッセージを伝えることを重視した結果がこれらの作品なのかもしれない。少なくとも「セメント樽の中の手紙」だけで終わりにしていい作家ではないことは確かだろう。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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