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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

江戸川乱歩『明智小五郎事件簿 戦後編 II 「化人幻戯」「月と手袋」』(集英社文庫)

 江戸川乱歩の生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を、物語発生順にまとめた〈明智小五郎事件簿〉。その戦後編の二冊目にあたる『明智小五郎事件簿 戦後編 II 「化人幻戯」「月と手袋」』を読む。といっても実は戦前編が終わったときに、大人ものの長編だけでも続きを読みたくなり、『化人幻戯』はそのときに読んでしまっている。もちろん再読する手もあるのだが、まだ記憶が新しいので今回はパスし、久々の再読となる「月と手袋」の感想のみ残しておく。
※『化人幻戯』はこちらの感想をご参照ください。

 明智小五郎事件簿 戦後編 II

 さて、「月と手袋」だがこんな話。主人公のシナリオ・ライター北村は、あるとき知人の股野に呼び出される。股野は元男爵ながら、今では映画界のスキャンダルを利用して高利貸しを営む映画ゴロ。北村は股野の妻で元女優のあけみと不倫関係にあり、股野はそれをネタに慰謝料五百万を要求してきた。とてもそんな金は払えない北村は股野と口論になり、やがて掴み合いの乱闘の果てに、股野を絞め殺してしまう。
 北村はその場を目撃していたあけみを説得し、強盗による殺害事件に偽装。一時は完全犯罪が成功するかに思われたが、なぜか一人の警部が馴れ馴れしく二人につきまとうようになる。そして、その裏には明智の存在があった……。

 いわゆる倒叙もの。殺人を犯した主人公・北村の心理描写と、完全犯罪を警察&明智がどう崩していくかが読みどころである。
 まず前者について見ていくと、戦前には同じく倒叙の『心理試験』という傑作もあるが、乱歩はこういうネチネチした心理描写がもともと得意な作家である。本作も花田警部に追い詰められていくあたりの焦燥感は生々しくていいのだが、突発的に起こった殺人のため、犯罪に至るまでの心理描写が物足りない。
 実はこういう事態を北村は常々予想しており、そのために偽装工作もイメージどおり素早くできたという説明があるのだが、それなら余計に犯行以前の部分も掘り下げるべきだったろう。短篇ゆえに難しいところではあろうが。
 一方、完全犯罪を警察&明智がどう切り崩すかという部分では、さらに苦しい。以前に読んだときは犯人の心理描写だけで十分満足していたのだが、今回久々に読んで気になったのが、警察&明智はどの時点で北村が怪しいと気づいたのか、ということ。刑事コロンボの例を見るまでもなく、倒叙における気づきは重要なポイントである。犯人はもちろん、読者も見落としてしまった犯行のミス、それを探偵が気づいて披露する面白さ、である。物語のラストで犯人が「どうして警部は僕が犯人だと思ったのか?」なんて聞いたりして、コロンボがそれにドヤ顔で答える場面などは最高の見せ場のはず。本作には悲しいかな、その気づきがない。
 また、この事件では花田警部が語るように物証がない。そこで心理的に北村たちを追い詰める手に出るのだが、それは気づき、根拠、確証などがあるから許されるのであって(いや、本当はそれもあかんけどね)、これでは警察が犯人を殴って自白させるのと同じで、本格ミステリとしての意味が失われてしまう。
 一見すると迫力もあるし悪くない作品なのだが、あらためて読んで少し残念な気持ちになった。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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