- Date: Tue 13 09 2022
- Category: 国内作家 曽野綾子
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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曽野綾子『ビショップ氏殺人事件』(中公文庫)
曽野綾子の『ビショップ氏殺人事件』を読む。曽野綾子といえばもちろん文芸畑の作家ではあるが、ミステリ寄りの心理小説や怪奇小説なども割とアンソロジーでお目にかかる。本書はその曽野綾子が初期に書いたミステリをまとめた短篇集である。
収録作は以下のとおり。
「ビショップ氏殺人事件」
「華やかな手」
「消えない航跡」
「競売」
「人生の定年」
「佳人薄命」

解説によると曽野綾子がミステリに手を染めたのは、どうやら乱歩がきっかけらしい。戦後のミステリ雑誌を代表する「宝石」が経営不振に陥ったとき、江戸川乱歩が経営と編集のテコ入れを行ったことはファンには有名な話だが、その一環として文芸畑のメジャーな作家を勧誘したこともまたよく知られている。
曽野綾子もまさしくその一人で、最初は渋ったそうだが、蓋を開ければ「ビショップ氏殺人事件」という純粋な本格ミステリを上げてきて乱歩も驚いたという。
乱歩だけでなく、一般読者だって曽野綾子がミステリを書いていたと聞いても、やはり犯罪を絡めたサスペンスか心理小説、怪奇小説といったイメージになるだろう。そこに本格ミステリだから、これは乱歩も喜んだに違いない。まあ、これがミステリとしての処女作になるので曽野綾子もかなり奮発したのだろうが、それでも本格を上げてきたからには、やはり普段から相当ミステリには親しんでいたに違いない。
その証拠、というわけでもないが、本書に収録されている作品は本格から心理ものまで非常に幅広く、そのどれも一定水準を満たすものばかり。
言っても数作読んだだけなので、曽野綾子ミステリの特徴を一言で表すのは難しいけれど、設定というか背景というか、ドラマ作りが非常にお見事である。恋愛要素が中心になることも多いのだが、恋愛のいざこざから起こるトラブルや心理のもつれ、しかもこれがけっこう複雑だったりするのだが、それを鮮やかに犯罪ドラマに昇華しているイメージ。文章は読みやすいけれど物語自体の密度が濃く、非常に読み応えがある。例えとして適切かどうかは自信がないが、宮野村子と共通するものがある。
本書収録の作品が書かれたのは昭和三十年代。著者が作家デビューして十年ほど経ってはいるけれど、まだ三十そこそこのはずで、この時点でこれだけ綿密な作品を書いているのだから、おそらくそのままミステリ作家に転向しても成功していたことは間違いないだろう。
以下、簡単に各作品の感想を。
「ビショップ氏殺人事件」は著者の処女ミステリにして端正な本格ミステリ、しかも初めて書籍に収録されるということで、とりあえず本書の目玉だろう。ただ、出来は悪くはないのだが、ミステリにおけるセンスがまだ十分ではない感じも受ける。特にラストは報告書形式にしない方がよかったかな。
ちなみにタイトルは『僧正殺人事件』のパロディ?
「華やかな手」は隻腕(といっても手首から先)の大学講師が、街角で見かけた交通事故をきっかけに自らの半生を振り返る。元教え子の人妻との不倫ドラマかと思っていると、思いもかけない過去の真実が浮かび上がる。
物語のフックとなる部分が自然とずれていくような、そういう変な面白さがあるのだが、このパターンは本書中の他の作品でもいくつか見られ、曽野綾子ミステリの大きな武器になっている感じがする(著者が意識しているかどうかはわからないけれど)。
「消えない航跡」は古い輸送船から失踪した司厨長の謎を追う物語。一等航海士の主人公はやがて司厨長が殺害されていたことを知り、その事件を調査する。ハードボイルド的な作品で、一見ただの鈍重にも思える男に、実はさまざまなドラマが幾重にも隠されている。「華やかな手」ほどではないが、これもずらし方が上手い一作。
それにしてもこういう作品を当時の著者がよく書けたなと感心する。
「競売」は芸術品詐欺を扱っており、面白い作品ではあるが、ちょっとあざとい。何かの作品に影響された感もあり。
「人生の定年」はミステリ味がやや薄め。真相というかドラマの部分では「消えない航跡」や「佳人薄命」と似たところもあるが、これは少し落ちるか。
「佳人薄命」は本書中のベスト。美しいが精神的な障害が少しある女性を中心に、周囲の人間たちが織りなすドラマ。これも「華やかな手」あたりと展開のシステムが共通していて、最初に事件が起こるものの、徐々に話が微妙に違う方向にずれてきて着地がまったく読めない。それが不安を煽って面白いのだが、本書は内容も不穏なため、中編程度のボリュームながら神経はかなりすり減らされた。こういうところが宮野村子っぽいのだ。
ということで全部が全部、傑作というわけではいけれど、どれも水準は満たしており、そのうちのいくつかは紛れもない傑作。満足。
収録作は以下のとおり。
「ビショップ氏殺人事件」
「華やかな手」
「消えない航跡」
「競売」
「人生の定年」
「佳人薄命」

解説によると曽野綾子がミステリに手を染めたのは、どうやら乱歩がきっかけらしい。戦後のミステリ雑誌を代表する「宝石」が経営不振に陥ったとき、江戸川乱歩が経営と編集のテコ入れを行ったことはファンには有名な話だが、その一環として文芸畑のメジャーな作家を勧誘したこともまたよく知られている。
曽野綾子もまさしくその一人で、最初は渋ったそうだが、蓋を開ければ「ビショップ氏殺人事件」という純粋な本格ミステリを上げてきて乱歩も驚いたという。
乱歩だけでなく、一般読者だって曽野綾子がミステリを書いていたと聞いても、やはり犯罪を絡めたサスペンスか心理小説、怪奇小説といったイメージになるだろう。そこに本格ミステリだから、これは乱歩も喜んだに違いない。まあ、これがミステリとしての処女作になるので曽野綾子もかなり奮発したのだろうが、それでも本格を上げてきたからには、やはり普段から相当ミステリには親しんでいたに違いない。
その証拠、というわけでもないが、本書に収録されている作品は本格から心理ものまで非常に幅広く、そのどれも一定水準を満たすものばかり。
言っても数作読んだだけなので、曽野綾子ミステリの特徴を一言で表すのは難しいけれど、設定というか背景というか、ドラマ作りが非常にお見事である。恋愛要素が中心になることも多いのだが、恋愛のいざこざから起こるトラブルや心理のもつれ、しかもこれがけっこう複雑だったりするのだが、それを鮮やかに犯罪ドラマに昇華しているイメージ。文章は読みやすいけれど物語自体の密度が濃く、非常に読み応えがある。例えとして適切かどうかは自信がないが、宮野村子と共通するものがある。
本書収録の作品が書かれたのは昭和三十年代。著者が作家デビューして十年ほど経ってはいるけれど、まだ三十そこそこのはずで、この時点でこれだけ綿密な作品を書いているのだから、おそらくそのままミステリ作家に転向しても成功していたことは間違いないだろう。
以下、簡単に各作品の感想を。
「ビショップ氏殺人事件」は著者の処女ミステリにして端正な本格ミステリ、しかも初めて書籍に収録されるということで、とりあえず本書の目玉だろう。ただ、出来は悪くはないのだが、ミステリにおけるセンスがまだ十分ではない感じも受ける。特にラストは報告書形式にしない方がよかったかな。
ちなみにタイトルは『僧正殺人事件』のパロディ?
「華やかな手」は隻腕(といっても手首から先)の大学講師が、街角で見かけた交通事故をきっかけに自らの半生を振り返る。元教え子の人妻との不倫ドラマかと思っていると、思いもかけない過去の真実が浮かび上がる。
物語のフックとなる部分が自然とずれていくような、そういう変な面白さがあるのだが、このパターンは本書中の他の作品でもいくつか見られ、曽野綾子ミステリの大きな武器になっている感じがする(著者が意識しているかどうかはわからないけれど)。
「消えない航跡」は古い輸送船から失踪した司厨長の謎を追う物語。一等航海士の主人公はやがて司厨長が殺害されていたことを知り、その事件を調査する。ハードボイルド的な作品で、一見ただの鈍重にも思える男に、実はさまざまなドラマが幾重にも隠されている。「華やかな手」ほどではないが、これもずらし方が上手い一作。
それにしてもこういう作品を当時の著者がよく書けたなと感心する。
「競売」は芸術品詐欺を扱っており、面白い作品ではあるが、ちょっとあざとい。何かの作品に影響された感もあり。
「人生の定年」はミステリ味がやや薄め。真相というかドラマの部分では「消えない航跡」や「佳人薄命」と似たところもあるが、これは少し落ちるか。
「佳人薄命」は本書中のベスト。美しいが精神的な障害が少しある女性を中心に、周囲の人間たちが織りなすドラマ。これも「華やかな手」あたりと展開のシステムが共通していて、最初に事件が起こるものの、徐々に話が微妙に違う方向にずれてきて着地がまったく読めない。それが不安を煽って面白いのだが、本書は内容も不穏なため、中編程度のボリュームながら神経はかなりすり減らされた。こういうところが宮野村子っぽいのだ。
ということで全部が全部、傑作というわけではいけれど、どれも水準は満たしており、そのうちのいくつかは紛れもない傑作。満足。
危険な発言です。注意してください。
まあ、私も正直、得意な作家ではないですが(爆)。