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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

エルヴェ・ル・テリエ『異常 アノマリー』(早川書房)

 エルヴェ・ル・テリエの『異常 アノマリー』を読む。ネットで評判は聞いていたものの、詳細に触れた記載はあまり見当たらず、ますます気になっていた一冊である。


※今回、ネタバレには極力注意しておりますが、少しでも前情報を知りたくないという人は以下、自己責任でお読みください。

 異常(アノマリー)

 こんな話。表向きは穏やかながら裏では非常な殺し屋ブレイク、鳴かず飛ばずの小説家ミゲル、シングルマザーの映像編集者リュシー、膵臓癌末期のデイヴィッド、カエル好きの七歳の少女ソフィア、やり手のアフリカ系女性弁護士ジョアンナ、売れないシンガーのスリムボーイなどなど……。それぞれの人生を送るさまざまな人々が、パリからニューヨークへ向かう飛行機に同乗した。飛行機はかつてないほどの乱気流に巻き込まれたが、なんとか事故もなく無事に着陸し、人々はまた普段の生活へ戻ってゆく。
 それから三ヶ月後、同じくパリからニューヨークへ向かう飛行機が、やはり乱気流に巻き込まれていた……。

 これは凄いぞ。文句なしの傑作である。
 ネットで詳しい情報が出ていないのも納得。中盤からのあまりに斜め上をゆくストーリー展開はちょっと想像できないもので、できれば予備知識まったくなしで読んだほうが楽しめる。ただし、その展開を知っていたとしても、本作の価値や面白さは全然損なわれることはない。本作におけるストーリーの面白さは表面的なもので、本質は宗教や哲学等を含んだ知的好奇心を刺激するところにある。

 前半は群像劇の趣である。犯罪者からエリートまで、非常に雑多な人たちの人生が描かれる。共通するのは同じ飛行機に乗り合わせたことぐらいで、それ以外に一切の接点はない。読者は各人のさまざまな悩み、生き方にひと通りつき合わされ、この時点ではまあ、よくある話かとも思う。
 そして三分の一ぐらいまで進んだ頃、ある事件が起こる。これが驚愕の展開で、詳しいことは書かないけれど、地球レベルの大問題である。アメリカ政府は外国とも情報交換しつつ、対応を模索する。このあたりはパニック映画、SF映画の様相を呈するが、そこを抜けると再び各人の物語が中心になる。中盤の展開は確かにものすごいが、実はそれを受けての後半の各人のドラマこそが肝だ。
 飛行機の乗客に突きつけられた宿題は重く大きい。各人がそれぞれに考え抜いて出した答え、そのいずれに共感できるかで、読者の一人ひとりもまた問われているように思う。
 最後に付け加えられたショッキングなエピソードも一つの回答であり、人間とはいかなる存在なのか、人生とは何なのか、あらためて登場人物と共に考えさせられる小説である。

 なお、ときには観念的な描写もあるけれど、基本的には文章は読みやすく、それこそサスペンス小説のような感じでスイスイ読めるのもいい。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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