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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

江戸川乱歩『蠢く触手』(春陽文庫)

 三連休の狭間のせいか、「ミステリマガジン」と「ジャーロ」がもう発売されている。「ミステリマガジン」はフランス・ミステリ+ルパン特集。もろ映画の影響だが、まあそれは別によい。問題は「ジャーロ」だ。
 「EQ」の時代に比べて、「ジャーロ」の何がつまらないかといったら、それはもう翻訳物に対する扱いの低さだ。なんせ「EQ」はエラリー・クイーンから誌名をとっただけあり、真っ正面から翻訳ミステリを扱う非常にマニア指向の雑誌だった。もちろん掲載作もほとんど翻訳ものであり、企画記事も海外ミステリに関するものばかり。ネットなどない時代の高校生大学生には、ミステリマガジンと並ぶ貴重な情報源だったのだ。それが「ジャーロ」になってからはせいぜい短編二,三作がいいとこ。そして今月からはとうとう「ゼロ」になってしまった。日本の作家を載せないと売れないのは理解できるが、読者にしてみれば国産ミステリが読みたければ、他にも山ほど雑誌があるわけで、別に「ジャーロ」じゃなくてもかまわない。確かに翻訳ミステリはかなり寒い時代になっているらしいが、だからといって海外ものを切り捨てては、「ジャーロ」の存在意義なんてどこにあるのか。
 しかも「EQ」時代には充実していた翻訳物全作レビューも、「ジャーロ」では半数ほどに減少し、それが今月からは数作のピックアップというお粗末さ。何でこんな中途半端なことするかな? とにかく海外物のファンとしてはもはや「ジャーロ」は読むべき作品もないし資料的な価値もなくなってしまった雑誌というわけだ。
 ちなみに今月号の「本の雑誌」でも翻訳ミステリの危機が特集されていたが、今の若い人は翻訳物を読まないみたいなことも書かれていた。うう、昨今の空前のクラシックブームもやはりバブリーな現象だったのだろうか。

 読了本は江戸川乱歩の『蠢く触手』。乱歩とはいってもこれは岡戸武平による代作。乱歩の作品にいくつか代作があることはよく知られているが、これは唯一の長編らしい。
 実際、読んでみれば、まあ確かにこれは乱歩が書いたとは思えない内容、そして文体ではある。一応、猟奇的な犯罪やそれらしい登場人物も出てくるものの、主人公が新聞記者ということもあって、やたらと威勢のいいテンポで話は進み、活気のあることおびただしい(笑)。そこには乱歩が持っている独特のねちっこい文体や雰囲気はほとんど見られず、読んでいるうちにすっかり乱歩の作品であることを忘れるほどだ。先ほども書いたように、いくつかのシーンでは乱歩趣味を反映させようという試みも見られないではない。正直、胸が悪くなるような死体を持て遊ぶシーンもあったりするが、幻想的な乱歩のそれとは風味がだいぶ異なる。他に岡戸武平の作品を読んだことがないのでわからないが、どの程度本人の趣味が入っているのか気になるところではある。

 そういえば代作ではないが、この『蠢く触手』が入っている春陽文庫の探偵小説傑作選<探偵CLUB>シリーズには、乱歩と正史の合作『覆面の佳人』という作品があったことを思い出す。
 こちらも合作とはいえほとんど乱歩はかかわらず、正史の作品といってよいらしいのだが、乱歩の風味はないにせよ、こっちはそれなりに楽しめた記憶があるので、やはり正史と武平の筆力の差が大きいのであろうか。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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