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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』(東京創元社)

 マリー・ルイーゼ・カシュニッツの『その昔、N市では』を読む。カシュニッツは戦後ドイツを代表する女流作家で、小説をはじめとして詩やエッセイ、ラジオドラマと幅広く活動した。特に短篇は百作近くを遺しており、その中から訳者の酒寄氏が厳選した十五作をまとめたのが本書である。

 その昔、N市では

Eisbären「白熊」
Jennifers Träuma「ジェニファーの夢」
Der Tunsch「精霊トゥンシュ」
Schiffsgeschichte「船の話」
Vogel Rock「ロック鳥」
Gespenster「幽霊」
Eines Mittage, Mitte Juni「六月半ばの真昼どき」
Lupinen「ルピナス」
Lange Schatten「長い影」
Ferngespräche「長距離電話」
So war das in N「その昔、N市では」
April「四月」
Das fremde Land「見知らぬ土地」
Ja, mein Engel「いいですよ、わたしの天使」
Rätsel Mensch「人間という謎」

 収録作は以上。幻想的なものから怪奇小説、さらには奇妙な味からミステリっぽいものまで、ひと言で言い表すのは難しいが、概ね共通するのは日常生活に忍び込んでくる「何か」である。それは突然のこともあるし、じわじわとにじり寄ってくる場合もある。とりわけ後者の場合は不気味である。そうした日常生活や人の心が壊れていく様を、さまざまな形で体験できる物語集といってもよい。
 どれも基本的には短いものばかりだが、その短さを感じさせない濃密な文章も素晴らしい。どこか淡々とした、ボソッとした言葉の繋がりが読み手の想像力を掻き立てる。自分が文章に取り込まれてしまうような語りの巧さ、魅力があるのだ。ただ、これは訳者の力も大きいことは間違いない。

 ちょっと面白かったのは、日本の怪談にあるような話がいくつか見受けられたこと。たとえば虫の知らせとか死者の最後の別れとか、あるいは黄泉の国からの誘いだとか。冒頭の「白熊」などを読むと、こういう話はやはり世界共通のものなのだと再認識できて興味深い。もちろんドイツならではの、そして作者ならではの味付けがされるので印象は日本のそれとはかなり違うのだけれど、ラストで「ああ、こういうお話だったか」と腑に落ちる楽しさもある。

 どれも味わい深い作品ばかりだが、強いて好みをあげるなら表題作の「その昔、N市では」と「船の話」。
 「その昔、N市では」は死者を“灰色の者たち”(人造人間やゴーレムの類か)として蘇らせ、単純労働に使役させるという話。当然ながら、このような非人道的な行為が待つのはカタストロフィでしかない。
 「船の話」は乗る船を間違えた中年女性からの手紙という構成。船の行方もわからず、船内の様子も徐々に荒涼としていくが、女性はそれをただ受け入れるしかない。船が向かっているのはおそらく死の国なのだろう。この手の幽霊船ストーリーはおそらく初めて読んだと思うが、この怖さはちょっと独特のものだ。

 ということで、これは予想以上に魅力的な一冊であった。過去にも何冊か邦訳があるらしいので、そちらも気になるところである。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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