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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』(集英社文庫)

 ジャニス・ハレットの『ポピーのためにできること』を読む。
 もういきなり結論から入るけれど、これは傑作である。あくまで現時点の話だが、今年、読んだ中では間違いなく一、二位を争う作品だろう。とにかく非常に凝った作品なのだが、そのうえ文章やらプロットやら完成度も高く、何よりむちゃくちゃ面白いのだ。ボリュームは文庫でたっぷり700ページ弱もあるが、まったく長さを感じさせない。
 
 こんな話。弁護士事務所の実務修習生フェミとシャーロットの二人は、ある事件に関するテキスト資料を読み込むよう、弁護士タナーから命じられる。それはメールやテキストメッセージをプリントアウトした分厚い束であった。
 それによると——イギリスの田舎町でゴルフ場を軽々し、その一方で劇団を主催する地元の名士マーティン・ヘイワード。そんな彼が劇団員に一斉送信したメールには、彼の孫娘ポピーが難病を患っており、その治療に莫大な費用が必要だという。人々は支援を約束し、さまざまなアイデアを出して募金活動を開始するのだが、それをきっかけにトラブルが発生し、ついには恐ろしい悲劇を招いてしまう……。

 ポピーのためにできること

 まず凄いのは、ほぼ全編がメールやテキストメッセージ、ニュースサイトの記事、事情聴取の記録などで構成されていること。地の文章は一切ない。
 まあ、地の文がない小説とか実はないわけではない。それどころか手紙だけで構成される小説など今どきど珍しくもないし、それがメールに置き換わったと思えば今さら驚くには当たらないのだが、すごいのは長編の本格ミステリとしてこれをやってのけたことだ。
 どういうことかというと、これは著者が読者に向けて書いたというのと同時に、作中の第三者(フェミとシャーロットの二人)が、この記録を読者とまったく同じ条件で読んでいるのである。本格におけるフェアプレイの極みとでも言えばいいのか。材料はそれこそすべて作中にあるわけだ。

 ただ、フェアプレイと言っても、元になる文章は個人が個人に宛てたメールがほとんど。そこにはフェアプレイという概念など何の関係もない。単なる用事の伝達や確認もあれば世間話もある。ごく内輪でしか話せないゴシップもある。ときには感情が爆発することもあるし、ときには感情を押し殺すこともあるわけで、言ってみれば全員が「信頼できない語り手」と言っても過言ではない。
 いかにメールに隠された意味を読み取るか、行間を読むのは当たり前で、それどころかメールとメールの間にあったリアルなやりとり、さらにはメールの真偽まで読むことが必要なわけで、本作はそういうことを前提としたフェアプレイなのである。プロットが固まっても、それをどのようにしてストーリーに落とし込むか、その苦労は並大抵ではないだろうし、著者の狙いは半端ではない。
 ちなみに、著者がメールという手法を使いながら、登場人物のキャラクターや文体にまったくブレのないことは驚異的である。短編ぐらいうならともかく700ページ越えの本でこれは凄い。たまに少しブレがあるなあなどと思っていると、これもしっかり理由あってのことだから驚かされる。著者はこれが小説デビュー作というものの、脚本が本業だから、むしろこういうスタイルの方が得意だったのかもしれない。

 ところどころでフェミとシャーロットによるチャットでの意見交換があったりするのも心憎い趣向である。もちろんボリュームのある作品なので度々、整理してくれているというのが第一の目的ではあるだろう。
 ただ、スレた読者ならこういうのはたいがいミスリードの一端ではないかと疑ってしまうところだが、本作ではまったくそんなことはなく、著者はむしろ読者に対して考え方を誘導してくれる感じすらある。たとえば読者が考えの及んでいなさそうなところに推理を提示する。これは「こういう見方もあるよ、見落としはありませんか」というメッセージに思えるし、ちょっと穿ちすぎではあるが、著者の自信の表れと取りたくなってくる。

 登場人物の設定も実に見事で、これも本作の大きな魅力である。
 イギリスの田舎町という設定は個人的に最近よく読んでいるけれど、本作での登場人物の描き方は頭ひとつ抜け出ているかもしれない。そのぐらいリアル。町の名士や取り巻き連中、批判的な少数派、中立派、それぞれのヒエラルキーや人間関係などがいかにもありそうなものばかり。とにかく人間のいい部分嫌な部分が(圧倒的に嫌なほうが多いけれど)、鮮やかすぎるほど鮮やかに描かれる。特にメール数ならトップ争い間違いなしの某彼女にはゾッとさせられるし、反対にメールが一切ない二人の女性は他人のメールでしか情報が得られないのに、実に存在感がある。著者の力量には恐れ入るばかりである。

 ということで最初にも書いたが、今年のベストを争うことは間違いないだろう。ページ数に怯むことなく、面白本好きな方はぜひご一読を。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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