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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


H・H・ホームズ『九人の偽聖者の密室』(国書刊行会)

 魅力的なクラシックミステリのレーベルが新たに登場した。山口雅也氏が監修する〈奇想天外の本棚〉である。以前に原書房から三冊出たところで頓挫したレーベルだが、版元を国書刊行会に変え、装いも新たにリスタートしたわけである。クラシックミステリとは書いたが、今回はミステリに限定はされておらず、より幅広く奇想天外な本を紹介していくらしい。Twitterでも山口氏が精力的に告知しており、今後のラインナップも発表しているが(まだ確定ではなくご本人の目標みたいな感じか)、これが凄まじい内容である。ぜひ今度は中断することなく、息長く続けてほしいものだ。

 ということで本日の読了本は、その〈奇想天外の本棚〉の第一回配本、H・H・ホームズの『九人の偽聖者の密室』。H・H・ホームズはもちろんアントニー・バウチャーの別名義。作家としてより編集者、批評家としての実績の方が知られているかもしれない。

 九人の偽聖者の密室

 まずはストーリー。職を失ったばかりの作家志望の青年マット・ダンカンは、古い友人のグレゴリーの婚約騒ぎに巻き込まれたことから、カルト宗教による詐欺を研究するウルフ・ハリガンと出会う。ウルフに気に入られたマットは、ウルフの助手になることを持ちかけられ、さっそく目下調査中の「光の寺院」の集会へ参加することになった。ところがウルフを仇敵とする教祖アハスヴェルは、「ナイン・タイムズ・ナインの呪い」により、ウルフが死ぬと予言したのであった。
 翌日、その予言が的中するかのようにウルフが殺害される事件が起こった。しかも、そのときマットは現場の窓でアハスヴェルらしき人物を目撃するが、駆けつけてそこにはウルフの死体しか見当たら図、現場は完全な密室状態であった……。

 〈奇想天外の本棚〉が単なる傑作選といった性格ではなく、噂には聞くが読んでいる人が少ない作品あるいは本邦未紹介作品を紹介するといったコンセプトであることが、山口雅也氏による本書のまえがきで記されている。本書は第一回目の配本として、その方向性を確認するための作品ともいえるだろう。
 まあ、そこまで大上段に振りかぶらなくとも、とりあえずはアントニー・バウチャーをセレクトした時点で、クラシックミステリのファンとしてはOKという感じではないだろうか。これまでも単発ではいくつか邦訳がされているバウチャーだが、本当にとびとびなのでとにかく力量が掴みにくい作家である。クラシックミステリ・ファンとしては、「作品数もそれほど多くはないし、とりあえず出来は気にしなくてよいから、まずは邦訳してよ」というのが率直なところではなかろうか(苦笑)。

 そういう喉の渇きを潤す意味でも満足なんだけれど、本作は中身も興味深い。最も着目したいのは、ジョン・ディクスン・カーを徹底的に意識した密室ミステリだということ。
 なんせ作中で、警警部補の妻が夫にカーの『三つの棺』を勧め、あろうことか警部補はマットと共に、『三つの棺』の作中にある「密室講義」に沿って密室の謎を推理していくのだ。カーに対するリスペクトが凄すぎるが、もちろんこのまま終わらせるのではなく、本作の密室はカーの「密室講義」に分類されないものというのが最大のウリになる。
 ただし、確かにカーの密室講義に含まれてはいないトリックではあるけれど、そこまで感心するようなネタではない。ネタに華がないというか、小粒感が強く、まあ、でもこれも含めて想像どおりといえば想像どおり。そんなすごいトリックが残っているはずがないではないか(苦笑)。それでも読まずにいられないのがファンの業というものだろう。

 まあトリックはこんなものだが、ストーリーはまずまず快調。カルト宗教のトラブルをベースにする導入、密室殺人と不可能犯罪で警察に挑戦的な発言を繰り返す教祖、そうかと思えば被害者家族も一枚岩ではなく遺産相続問題が勃発するなど、なかなか目先を絞らせないし、けっこう動きもあるし楽しめる。おまけにロマンスも盛り込むなど、密室だけでなく、いろいろな面でカーにチャレンジしているような作品だ。

 なお、邦訳でひとつもったいないなと思ったことがあって、それは探偵役を最初から明らかにしていること。これは知らないで読む方が絶対に面白いのだが、復刊ということもあってか、読者が探偵役を知っている前提であらすじ紹介が各所で書かれている。知っていても問題はないけれど、せっかく肝入りで出している本なのだから、もう少し気を配っても良かったのではないだろうか。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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