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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ポール・ベンジャミン『スクイズ・プレー』(新潮文庫)

 純文学系の作家がミステリを書く例は枚挙にいとまがないが、これは国内外を問わない。本日の読了本、ポール・ベンジャミンの『スクイズ・プレー』もそんな一冊。
 といってもポール・ベンジャミンという名前にはあまり馴染みがないところで、これはあのポール・オースターの別名である。本作はオースターが『シティ・オブ・グラス』をはじめとするニューヨーク三部作でブレイクする前、最初に書かれたデビュー長編、しかもハードボイルド作品なのだ。

 こんな話。市立探偵マックス・クラインに、元大リーガーのジョージ・チャップマンから依頼が飛び込んできた。チャップマンはかつて素晴らしい成績を残した大選手だが、その絶頂時に交通事故を起こし、片脚を失って、その後は福祉や政治活動に重きを置くようになっていた。そんな彼の元に殺意を匂わす脅迫状が送られてきたのだという。
 かつての交通事故にきな臭いものを感じたクラインは、事故の関係者らに聞き込みを開始するが、調査を止めるよう圧力が脅迫を受ける……。

 スクイズ・プレー

 ニューヨーク三部作にしてもハードボイルド風味が濃い作品なので、ポール・オースターがハードボイルドを書いていたとはいえ、そこまで意外性はないのだが、それでも、それらの作品はあくまでハードボイルドテイストを備えた純文学系の作品であった。その点『スクイズ・プレー』はストレートど真ん中のハードボイルドになっていることに驚く。
 もうベッタベタのハードボイルド。主人公のマックスは正義のためには職をも投げ打ち、理不尽なことがあっても自分の主義を貫き通す、暴力にも屈せず劣勢でも減らず口を叩き続ける。時に女性に対して甘さを見せるところも含め、クラシックという但書はつくけれども、典型的なハードボイルドの私立探偵だ。彼が巻き込まれる事件にしても、隠しごとをするする依頼人、悲劇の美女、敵対する警官にマフィアのボス、汚れた上流階級などなど、お膳立てもバッチリである。
 書かれた当時はハードボイルドが流行していたこともあるだろうが、それにしてもハードボイルドというスタイルをここまで完璧にマスターしていたことに感心するほかない。

 表面的スタイルだけでなく、内容も悪くない。
 野暮ではあるが、最近は野球に詳しくない人も多いらしいので一応書いておくと、タイトルの「スクイズ・プレー」はバントによって三塁上のランナーを返して得点を狙うプレイのこと。自らははアウトになるのが前提で、「犠打」の一つである。要するに自己犠牲のプレイであり、これが終盤に大きな意味を持ってくる。単に野球ネタだから、と思っているとそれが見事にテーマに直結する流れは、これまたさすがとしか言いようがない。

 個人的な好みでいうと、主人公のキャラクターが先行しすぎている嫌いもあり、もう少し主人公の動機づけを掘り下げてくれればとも思ったが、まあ、オースターがこれをやるとハードボイルドでは無くなってしまう可能性もあるので仕方ないか。
 ともかくクラシックなハードボイルドを読みたい人であれば、オースター云々抜きで普通にオススメしたい一作である。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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