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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ライオネル・ホワイト『気狂いピエロ』(新潮文庫)

 新潮文庫が今年に入って海外名作の復刊を進めているようで、対象となる本の帯には「海外名作発掘 HIDDEN MASTERPIECES」というロゴまでついている。先日ブログにアップしたポール・ベンジャミンの『スクイズ・プレー』もそうだし、ウェストレイクの『ギャンブラーが多すぎる』というのもある。どういう経緯でスタートしたのか、新潮社のホームページにそれらしい紹介がないので詳しいところは不明だが、まあ歓迎したい企画ではある。新潮文庫には数年前から「スター・クラシックス 名作新訳コレクション」というシリーズもあるので、その関連かもしれない。

 ともあれ本日の読了本は、その「海外名作発掘」の一冊からライオネル・ホワイトの『気狂いピエロ』。まずはストーリーから。
 “おれ”はキッチンテーブルの椅子に座り、これまでのことをノートに綴ってっている。奴らが駆けつけるまでに二時間はかかるだろうから、それまでにすべての事実を記すつもりだ。
 そもそもは六ヶ月前に始まったことだ。上手くいかない再就職、妻や子供たちとの不仲、魔性の魅力をもつ十七歳の娘・アリーとの出会い、そして見知らぬ男の死……。

 気狂いピエロ

 著者のライオネル・ホワイトは1950〜70年代にかけて活躍したノワール系の作家で、日本でもいくつか邦訳がある。犯罪者の視点で強盗や詐欺、誘拐事件などを描いた小説をケイパー小説などと言ったりもするが、著者はこのケイパー小説を多く書いた作家でもある。本作もまさしくそんな一冊だが、一般にはゴダールの名作映画『気狂いピエロ』の原作といった方が通りはいいだろう。
 ただ、映画は原作の設定を借りた程度で、雰囲気などはかなり異なる。なんせフランス映画でもあるし、殺伐とはしているがどこかふわっとしたイメージがあり、思想的かつ芸術的な味わいが強い。ファムファタールの側面もあるが、いわゆる悪女とは違って小悪魔的イメージだ。その点、原作はストレートな犯罪小説の味わいである。どちらがいいというより、それぞれの持ち味があるという感じだろう。

 原作に話を絞ると、本作はファムファタール、ケイパー小説として語られることも多いが、基本的にはもっとシンプルに、犯罪者に堕ちた主人公を描く広義のクライムノベル、ノワールという括りでいいのではないかと思う。
 シナリオライターという華やかな業界人のはずが、失業したことで歯車が狂い始める主人公。そこそこの能力はあるのだが、物事を深く受けとめることをせず、常に受動的。いつも安直な方向を選択するため、打つ手のほとんどが裏目に出る。アリーに対しても、たぶらかされはするが愛情があるとか、その魅力に絡め取られるとかいうのではない。あくまでその場の肉欲でしかなく、根っこのところでの繋がりは極めて弱い。とにかく行動原理が軽く、刹那的な生き方しかできない主人公なのだ。
 ある意味、そんなダメ男だからこそ主人公として魅力的であり、彼がどのように犯罪者へと堕ちていったのか、なぜそこまで堕ちていったのか、読まずにはいられないのである。ダメ男ではあるが、元は普通の勤め人。転落のきっかけは些細なことであり、その災厄が自分に降り掛かってこないと誰が言えるだろう。

 ただ、正直いうと、本作でもっとも印象に残ったのは主人公でもなくアリーでもなく、主人公の妻、マータである。実は彼女が一番、怖い。


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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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