- Date: Fri 18 11 2022
- Category: 海外作家 フレンチ(タナ)
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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タナ・フレンチ『捜索者』(ハヤカワ文庫)
タナ・フレンチの『捜索者』を読む。初めて読む作家さんだが、アイルランド系アメリカ人で、現在はアイルランド在住。そうしたバックボーンを生かした作品である。
シカゴ警察を退職し、アイルランドの片田舎に引っ越し、荒屋を買い取って修繕しながら暮らしているカル・ジョン・フーパー。村人たちとも徐々に親交を深め、静かな生活を送っていたが、ある時、何者かの視線を感じるようになる。ほどなくして正体は判明した。村人からは相手にされていない一家の子供、トレイだった。しかし、カルに近づいてはくるものの、打ち解ける様子は見せないトレイに、カルは家具の修繕を手伝わせ、徐々に距離を縮めてゆく。やがてトレイは、失踪した兄を探してほしいと依頼してくるのだが……。

退職した警官が、平穏を求めて田舎暮らしを始めるが、やがて村に潜む事件に直面し、捜査を開始する。こう書くと、よくある警察小説やハードボイルドのようにも思える。組織に馴染めない一匹狼の元警官が、怒りを内に込めつつトラブルの渦中に飛び込み、やがて田舎の村ならではの闇が浮かび上がるといった類の。
だが、本作は外観こそ似ているものの、そういうタイプのハードボイルドとはまったく異なる小説である。
主人公のカルはエキセントリックになることもなく、怒りをむやみに爆発させることもない。むしろ周囲と調和しようと考えて行動する男で、成熟した人間だ。別れた妻との関係、価値観の異なる村人との距離感、トレイとの接し方などに、そのバランス感覚が見て取れる。
そんなカルの日常が前半はじっくり描かれ、後半、トレイの兄の調査を始めても事件の描写ばかりにせず、そういう部分は大事に書いている。分量としてはかなりヘビーだが、こういう単なる味つけを超えた世界観、土台といったものの構築がとてつもなく丁寧で、しっかりと語られる。そこが良いのである。
とりわけトレイとのやりとりは読ませる。トレイは学も礼儀も身についていない、いわば獣のような子供だ。カルはそんなトレイに少しずつ興味のありそうな餌(大工仕事や銃、料理など)を与え、コミュニケーションを少しずつ図り、規範やマナーを教えてゆく。言葉は悪いが猛獣を調教しているようなものである。
その中でカルもまた「気づき」を得ていく。
成熟した大人の男であるカルだが、だからといって人生がうまくいくとは限らない。妻に逃げられ、ただ一人の娘とも離れて暮らすカルは、いってみれば家族作りに一度失敗した男だ。その反省はあるけれども、最善手は見つからず、今の自分がある。カルはトレイとのやり取りの中で、かつての自分ができなかった家族作りの手法をもう一度模索しているとも言える。思えばアイルランドに来たのもそこに要因があったわけで、そういった試行錯誤を通じ、カルは自分の最適な居場所を捜しているのだろう。「捜索者」というタイトルはトレイの兄を捜索するという以外に、そういう意味も含んでいるはずだ。
一方、ミステリとして見た場合。そこまで大きな事件ではない。「一見、静かな村に隠された邪悪な陰謀」というネタも、ミステリにはお馴染みのものではあるが、本作にそれを期待してはいけない。
だが、ゆったりしたペースで描かれるカルの調査、村人との駆け引きはなかなか興味深い。ありきたりの会話の裏に、はたまた一挙手一投足にはどのような意味あいがあるのか。警官としてカルが長年培ってきたそういう洞察力が発揮されるシーンは、地味ながらも本作の大きな魅力といえる。
700ページ弱はあろうかという分量に、最初はやや気圧されてしまうかもしれないが、いざ読み始めれば決して退屈することはない。最後には深い満足感を与えてくれるはずだ。ぜひお試しあれ。
シカゴ警察を退職し、アイルランドの片田舎に引っ越し、荒屋を買い取って修繕しながら暮らしているカル・ジョン・フーパー。村人たちとも徐々に親交を深め、静かな生活を送っていたが、ある時、何者かの視線を感じるようになる。ほどなくして正体は判明した。村人からは相手にされていない一家の子供、トレイだった。しかし、カルに近づいてはくるものの、打ち解ける様子は見せないトレイに、カルは家具の修繕を手伝わせ、徐々に距離を縮めてゆく。やがてトレイは、失踪した兄を探してほしいと依頼してくるのだが……。

退職した警官が、平穏を求めて田舎暮らしを始めるが、やがて村に潜む事件に直面し、捜査を開始する。こう書くと、よくある警察小説やハードボイルドのようにも思える。組織に馴染めない一匹狼の元警官が、怒りを内に込めつつトラブルの渦中に飛び込み、やがて田舎の村ならではの闇が浮かび上がるといった類の。
だが、本作は外観こそ似ているものの、そういうタイプのハードボイルドとはまったく異なる小説である。
主人公のカルはエキセントリックになることもなく、怒りをむやみに爆発させることもない。むしろ周囲と調和しようと考えて行動する男で、成熟した人間だ。別れた妻との関係、価値観の異なる村人との距離感、トレイとの接し方などに、そのバランス感覚が見て取れる。
そんなカルの日常が前半はじっくり描かれ、後半、トレイの兄の調査を始めても事件の描写ばかりにせず、そういう部分は大事に書いている。分量としてはかなりヘビーだが、こういう単なる味つけを超えた世界観、土台といったものの構築がとてつもなく丁寧で、しっかりと語られる。そこが良いのである。
とりわけトレイとのやりとりは読ませる。トレイは学も礼儀も身についていない、いわば獣のような子供だ。カルはそんなトレイに少しずつ興味のありそうな餌(大工仕事や銃、料理など)を与え、コミュニケーションを少しずつ図り、規範やマナーを教えてゆく。言葉は悪いが猛獣を調教しているようなものである。
その中でカルもまた「気づき」を得ていく。
成熟した大人の男であるカルだが、だからといって人生がうまくいくとは限らない。妻に逃げられ、ただ一人の娘とも離れて暮らすカルは、いってみれば家族作りに一度失敗した男だ。その反省はあるけれども、最善手は見つからず、今の自分がある。カルはトレイとのやり取りの中で、かつての自分ができなかった家族作りの手法をもう一度模索しているとも言える。思えばアイルランドに来たのもそこに要因があったわけで、そういった試行錯誤を通じ、カルは自分の最適な居場所を捜しているのだろう。「捜索者」というタイトルはトレイの兄を捜索するという以外に、そういう意味も含んでいるはずだ。
一方、ミステリとして見た場合。そこまで大きな事件ではない。「一見、静かな村に隠された邪悪な陰謀」というネタも、ミステリにはお馴染みのものではあるが、本作にそれを期待してはいけない。
だが、ゆったりしたペースで描かれるカルの調査、村人との駆け引きはなかなか興味深い。ありきたりの会話の裏に、はたまた一挙手一投足にはどのような意味あいがあるのか。警官としてカルが長年培ってきたそういう洞察力が発揮されるシーンは、地味ながらも本作の大きな魅力といえる。
700ページ弱はあろうかという分量に、最初はやや気圧されてしまうかもしれないが、いざ読み始めれば決して退屈することはない。最後には深い満足感を与えてくれるはずだ。ぜひお試しあれ。
まさに本書の解説で『初秋』との共通点として書かれていましたが、あくまで個人的な意見ですが、子供との交流という点で比較するなら『捜索者』の方が絶対に上ですね。スペンサーは自分の流儀で決め打ちするので評価が分かれますが、こちらの主人公カルは遥かに常識やコミュニケーション力がまともで(笑)、しかも何が最善か悩みつつ、試行錯誤するところなど、非常に好感が持てます。ぶっちゃけ元警官というのが信じられないのが逆に欠点かもしれません。ちなみにこの交流に関してはちょっとしたサプライズもあって、それがまた悪くないです。