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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ミステリベストテン比較2023年度版

 各誌のミステリベストテンが出揃ったので、例年のように結果をまとめてみた。『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」(以下「ミスマガ」)、『週刊文春』の「ミステリーベスト10」(以下「文春」)、宝島社の『このミステリがすごい!』(以下「このミス」)の三誌の平均順位によるランキングである。基本ルールはこんなところである。

・各ランキング20位までを対象に平均順位を出したもの
・管理人の好みで海外部門のみ実施
・原書房の『本格ミステリ・ベスト10』はジャンルが本格のみなので対象外としている
・いち媒体のみのランクインはブレが大きくなるため除き、参考として記載した

2023年度ランキング比較

 今年は『われら闇より天を見る』によってようやくホロヴィッツの快進撃がストップしたものの、それでも二位は確保しているのに驚いた。先日の記事でも書いたが、ホロヴィッツの作品は別に嫌いではないし、むしろ面白く読んでいるが、過去の作品よりはだいぶ落ちる。しかも今年の海外ミステリはなかなか豊作でレベルも高い。『殺しへのライン』を超える作品は少なくないはずなのに、蓋を開ければこの結果である。確かに満遍なく人気を集めそうな作品だが、何より知名度が高いところで有利なのだろう。いい作品でも知名度がなくては多くの投票者に読んでもらえないだろうし、それでは最初から勝負にならんよなあ。
 まあ、ホロヴィッツにかぎらず、シリーズものや人気作家は初めから有利だし、それは昔からあることなんだが、近年はそれが鮮明になったということか。
 改善策はある。投票者が対象作品すべてを読んで投票すればいいだけなのだが、それはさすがに難しいだろう。であればノミネート作品を一次投票で二十作程度に絞り、決選投票する審査員はノミネート全作を読んでもらって投票というのが望ましい。確か翻訳ミステリー大賞がこれに近い形ではなかっただろうか。当然ながら手間は増えるが、それでも他所様の出版物で稼がせてもらっているのだから、それぐらいの貢献はしてもバチは当たらないと思うけど。

 さて、それ以外のところでは、まあまあ順当な作品が並んでいる感じだ。特に『ポピーのためにできること』、『名探偵と海の悪魔』は他の作品にない高いオリジナリティがあり、どちらも芯はパズラーという点が面白い。正直、どちらかが一位でもまったくおかしくないハイレベルの作品だろう。
 この二作にかぎらず全体的に謎解きもの、英国ものが強くなっている印象もある。特に『ロンドン・アイの謎』がベストテン入りしたのは大健闘だろう。良い作品ではあるが正直ベストテン入りは厳しいだろうと思っていたのだが、独特の明るさをもったキャラクターや世界観が好まれた感じである。著者が亡くなっているのがなんとも残念なことだ。

 順位は落ちるが新潮文庫のプチクラシックともいうべき『気狂いピエロ』、『ギャンブラーが多すぎる』、『スクイズ・プレー』の三作ランクインも素晴らしい。これらはすべて新潮文庫「海外名作発掘 HIDDEN MASTERPIECES」の一冊。これで新潮社がますますやる気になってくれるのを祈るばかりである。

 上位はかなり似ているが、下位はややばらつきが見られる。ただ『黒き荒野の果て』は確かに「このミス」向きだなとは思うのだが、先ほどの『ロンドン・アイの謎』をはじめ、『彼は彼女の顔が見えない』、『アリスが語らないことは』はなぜ三誌すべてにランクインできなかったのか理由が掴めない。時期的な問題ではないと思うのだが。

 個人的にちょっとちょっとショックだったのは、『異常(アノマリー)』と『捜索者』の低さ。前者については間違いなくトップ争いに加わる作品だと思っていたし、後者は個人的には『われら闇より天を見る』と甲乙つけ難いと思っていただけに残念でしかない。思うに『異常(アノマリー)』は単にミステリと判断されなかったのが大きいのかもしれない。『捜索者』もミステリ要素の弱さ、あと発行時期がやや影響したことと、同傾向の『われら闇より天を見る』に食われてしまった可能性はあるか。

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 ちなみに管理人は今年のベストテンが発表される前に、Twitterでベストテン予想をしており、それがこちら。
 ついでに三誌の結果を元に、ベストテンのランクインのみ当てたのは○、順位まで当てたものは◎で表記してみた。媒体の並びは上と同じ、「ミスマガ」「文春」「このミス」となっている。

われら闇より天を見る………◎◎◎
名探偵と海の悪魔……………○○○
ポピーのためにできること…○○◎
捜索者…………………………×××
優等生は探偵に向かない……○○◎
キュレーターの殺人…………○○×
殺しへのライン………………○○○
黒き荒野の果て………………××○
印………………………………×××
業火の市………………………×××

 そして一般的な人気を集めそうではないが、ランキング争いをかき回してくれそうなダークホースの十作(個人的裏ベストテン)もあげたのがこちら。

異常(アノマリー)…………×○×
気狂いピエロ…………………×××
その昔、N市では……………×××
窓辺の愛書家…………………×○×
地獄の門………………………×××
レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落…×××
狼たちの宴……………………×××
レオ・ブルース短編全集……×××
光を灯す男たち………………×××
デイヴィッドスン事件………×××

 ベスト20まで広げるともう少し的中率も上がるが、まあ、こんなものか。『印』や『業火の市』などは常連作家なのでランクインすると思ったのだがカスリもせず。裏ベストテンに至ってはほとんど入ってこない。一応書いておくと、どれも光るものがある良作ばかりであり、ランクイン作品にも全然負けていない。スルーはもったいないので、皆様もぜひお試しを。

 ということで今年はベストテンでいろいろ遊ばせてもらいました。大晦日には『探偵小説三昧』恒例の「極私的ベストテン」も発表しますので、そちらも何卒よろしく。
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Comments
 
ポール・ブリッツさん

『魔王の島』だけは個人的にまったくダメでした。世間の評価がけっこう高いのにびっくりですよ(笑)。
思えば私、『姑獲鳥の夏』さえも好みじゃないので、ああいうのが本当に苦手なんでしょう。
私の好みなど気になさらず、ぜひお楽しみください。
 
羽虫さん

スタートした頃の「このミス」は本当に刺激的で面白かったんですがね。文春のベストテンを権威主義的と否定するところから立ち上げるとか、実に見上げた心意気でした。座談会も覆面とはいえ、赤川次郎や西村京太郎をリーグが違うと切り捨てるとか、非常にリスキーな発言があったり。ああいうガツガツした精神は、今の編集者は受け継いでいないんでしょうね。
 
ルブリ「魔王の島」の10位にはちょっとクラクラしてます(笑)

これは読んでみなければ(笑)。
 ありがとうございます
今年はミスマガしか買っていなかったので助かります。
それにしても年々同じようなランキングになっていきますね。

文春、ミスマガに関してはそれぞれの定期購読者が年1の企画として楽しむという名目がありますが、年1刊行しかもランキング主体の雑誌であるこのミスは、ますます存在意義がなくなってしまう気がします……。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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