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ジェニファー・ロウ『不吉な休暇』(現代教養文庫)
オーストラリアの児童文学作家でエミリー・ロッダという人がいる。リンの谷のローワン・シリーズとかデルトラ・クエスト・シリーズなどで知られているが、その彼女が書いた『彼の名はウォルター』という児童向けミステリがSNS上で評判になっている。昨年の『このミス』でミステリ評論家の小山正氏がこの作品をベストワンに挙げており、皆がまったくのノーマークだったことから一気に注目されるようなったようだ。
かくいう管理人もそんな本が出ていたことすら知らなかったため、さっそく読んでみようと思ったが、ちょっと待った。そういえばエミリー・ロッダというのは、ジェニファー・ロウの別名義ではなかったか。そうそう、今はなき現代教養文庫から『不吉な休暇』という作品を出していた、あのジェニファー・ロウである。ロウ名義の邦訳は『不吉な休暇』のみだが、これがまた知る人ぞ知る良作とのことで、こちらもいつか読もうと長らく積んでいたのだ。
そうなるとタイミング的には今しかないでしょうということで、『彼の名はウォルター』の前に、まずはジェニファー・ロウの『不吉な休暇』を読んでみた次第。
まずはストーリー。
シドニー近郊の山里で、リンゴ果樹園を一人でこなす大叔母アリス。しかし、毎年収穫時には、アリスの姪であるベッツィ・テンダーを中心に、テンダー一家のとその友人らが集まり、泊まり込みで収穫を手伝ってきた。
しかし、自分で何もかも仕切りたいベッツィは、娘アンナや息子夫婦、その他友人夫婦らにまで遠慮ない物言いをし、しかもアリスの所持品にまで口を出してくる始末。皆の間に不穏な空気が流れるなか、挙句には女癖の悪いことで有名なアンナの元夫ダミアンが訪ねてきたため、事態はさらに剣呑になってくる。そして翌日、悲劇は起こった……。

いやあ、いいなあ。もう気持ちいいぐらいの本格ミステリ。
それぞれに思惑のある関係者が一堂に会するなか、殺人事件が発生し、探偵が聞き込みと知恵だけで真相を推理する。もう今どき(といっても二十五年前の作品だが)珍しいくらいオーソドックスな謎解きミステリで、その雰囲気は完全に英国の本格ミステリを彷彿とさせる。
ストーリーは正直、地味。派手なトリックもなし。奇抜なネタがあるわけでもない。しかし、とにかく作りが丁寧なのだ。登場人物の造形からプロットの構築に至るまで、すべてが緻密であり、そして密接に絡み合っている。個人的に良質の本格ミステリの条件のひとつとして、登場人物の性格づけということを挙げたいのだけれど、これは単に性格描写ができているというだけではない。その性格を読み解くことが推理に大きく生かされているという意味なのだ。極論すると、謎解きの正しい材料とするために、著者はとことん性格づけを細かくきっちりと行い、描写しているのである(まあこっちの想像ですが)。
それが最も発揮されているのがラスト100ページ近くもある謎解きシーン。若干、やりすぎてボリューム過多という感じもあり、登場人物にすら批難される始末だが、それはご愛嬌ということで。
地味だ地味だとは書いたけれど、ストーリーがつまらないけではない。おそらくは多くの人が退屈であろうと感じる前半、すなわち登場人物たちが互いの言動で一喜一憂するし、チクチクとやりあう前半も個人的には楽しめるし、それが実は伏線となれば尚更である。
もちろんそれだけではなく、終盤のサプライズも十分にある。サプライズを味わった後には、伏線の見事な貼り方に対する感動もやってくる。すべてがロジックでガチガチに攻めてくるわけではないけれど、およそ本格ミステリを楽しむためのカギとなる要素は間違いなく備えているし、本格好きであればラストの謎解きシーンは相当に酔えるはずだ。
あと、終盤までは何かとイライラする登場人物たちもいるのだが、終わってみれば意外に後味のいいことにも感心した。最初から著者が意図していた可能性も高いけれど、やはり児童書を主戦場とする作家だけに、そういう素養も備えているのだろうか。
ということで大満足の一冊。これなら『彼の名はウォルター』も期待できそうでそれはいいのだが、ただ、それよりも本作をどこかの版元で(創元あたり?)復刊するべきではないだろうか。そしてできれば弁護士バーディのシリーズ続刊も出してもらえるとありがたいものだ。
かくいう管理人もそんな本が出ていたことすら知らなかったため、さっそく読んでみようと思ったが、ちょっと待った。そういえばエミリー・ロッダというのは、ジェニファー・ロウの別名義ではなかったか。そうそう、今はなき現代教養文庫から『不吉な休暇』という作品を出していた、あのジェニファー・ロウである。ロウ名義の邦訳は『不吉な休暇』のみだが、これがまた知る人ぞ知る良作とのことで、こちらもいつか読もうと長らく積んでいたのだ。
そうなるとタイミング的には今しかないでしょうということで、『彼の名はウォルター』の前に、まずはジェニファー・ロウの『不吉な休暇』を読んでみた次第。
まずはストーリー。
シドニー近郊の山里で、リンゴ果樹園を一人でこなす大叔母アリス。しかし、毎年収穫時には、アリスの姪であるベッツィ・テンダーを中心に、テンダー一家のとその友人らが集まり、泊まり込みで収穫を手伝ってきた。
しかし、自分で何もかも仕切りたいベッツィは、娘アンナや息子夫婦、その他友人夫婦らにまで遠慮ない物言いをし、しかもアリスの所持品にまで口を出してくる始末。皆の間に不穏な空気が流れるなか、挙句には女癖の悪いことで有名なアンナの元夫ダミアンが訪ねてきたため、事態はさらに剣呑になってくる。そして翌日、悲劇は起こった……。

いやあ、いいなあ。もう気持ちいいぐらいの本格ミステリ。
それぞれに思惑のある関係者が一堂に会するなか、殺人事件が発生し、探偵が聞き込みと知恵だけで真相を推理する。もう今どき(といっても二十五年前の作品だが)珍しいくらいオーソドックスな謎解きミステリで、その雰囲気は完全に英国の本格ミステリを彷彿とさせる。
ストーリーは正直、地味。派手なトリックもなし。奇抜なネタがあるわけでもない。しかし、とにかく作りが丁寧なのだ。登場人物の造形からプロットの構築に至るまで、すべてが緻密であり、そして密接に絡み合っている。個人的に良質の本格ミステリの条件のひとつとして、登場人物の性格づけということを挙げたいのだけれど、これは単に性格描写ができているというだけではない。その性格を読み解くことが推理に大きく生かされているという意味なのだ。極論すると、謎解きの正しい材料とするために、著者はとことん性格づけを細かくきっちりと行い、描写しているのである(まあこっちの想像ですが)。
それが最も発揮されているのがラスト100ページ近くもある謎解きシーン。若干、やりすぎてボリューム過多という感じもあり、登場人物にすら批難される始末だが、それはご愛嬌ということで。
地味だ地味だとは書いたけれど、ストーリーがつまらないけではない。おそらくは多くの人が退屈であろうと感じる前半、すなわち登場人物たちが互いの言動で一喜一憂するし、チクチクとやりあう前半も個人的には楽しめるし、それが実は伏線となれば尚更である。
もちろんそれだけではなく、終盤のサプライズも十分にある。サプライズを味わった後には、伏線の見事な貼り方に対する感動もやってくる。すべてがロジックでガチガチに攻めてくるわけではないけれど、およそ本格ミステリを楽しむためのカギとなる要素は間違いなく備えているし、本格好きであればラストの謎解きシーンは相当に酔えるはずだ。
あと、終盤までは何かとイライラする登場人物たちもいるのだが、終わってみれば意外に後味のいいことにも感心した。最初から著者が意図していた可能性も高いけれど、やはり児童書を主戦場とする作家だけに、そういう素養も備えているのだろうか。
ということで大満足の一冊。これなら『彼の名はウォルター』も期待できそうでそれはいいのだが、ただ、それよりも本作をどこかの版元で(創元あたり?)復刊するべきではないだろうか。そしてできれば弁護士バーディのシリーズ続刊も出してもらえるとありがたいものだ。
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