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梶龍雄『若きウェルテルの怪死』(講談社ノベルス)
「トクマの特選!」が今月は『若きウェルテルの怪死』を復刊するというので、手持ちの中から掘り出してひと足お先に読んでみる。
こんな話。若手編集者の“私”は、上野近辺の小さな飲み屋で金谷という老人と知り合いになり、ある時、若い頃に推理小説になりそうな体験をしたと聞かされる。その頃の日記があるというので、“私”はさっそくそれを読ませてもらったが……。
ということで、本編では金谷青年が語り手となり、ある事件の顛末が語られる。金谷は当時、仙台にあった
旧制二高に入学し、寮生活を送っていた。特に親しくしていたのは同級生の掘分、そして掘分の下宿先である大平先生の一家や知人であった。ところがある日、掘分の自殺事件が起こり……というのが序盤の展開だ。

著者の青春ミステリは多いけれども、とりわけ旧制高校やその時代を舞台にした作品は傑作が揃っており、本作もなかなか悪くない。
掘分の死の背後にあるものは何か。時代ゆえの思想や政治的な問題が見え隠れするものの、それは作品に厚みを与えつつも、実は著者の狙うところではないだろう。むしろ素直に、複雑な時代に生きた若者の葛藤や悩みを描くことに著者の目は注がれているのではないか。
主人公の金谷は旧制高校の生徒には珍しく、意外にノンポリ系で、しかも純朴さがまだ残っている。そんな彼が時代の波に洗われ、次第に社会の裏を知り、大人になっていく様子(けどなりきれない)が鮮やかに描かれ、梶龍雄の巧さを再認識させてくれる。
謎解きミステリとしては、他の旧制高校シリーズに比べると、やや落ちるかもしれない。
青春ミステリではあるけれど、登場人物に学生は意外に少なく、歴史学者の大平一家を中心にした上流階級と労働者、官憲などさまざまな立場、思想の人々が登場する。そして表面だけではわからない各人の正体が少しずつ明らかになり、物語の展開によって徐々に排除されていくため、ミステリとしてはどうしても先が読みやすくなってしまうのである。
構図的にはもともとシンプルなので、本格ミステリという観点では少し物足りなさが残った。
だが先に書いたように、不穏な時代を生きる青年を描いた青春ミステリとしては悪くない。ストーリーとしては動きもあって面白く読めるし、主人公も変に熱血的・政治的なキャラクターに設定されていないため(それがもどかしいところでもあるのだが)、読者としては共感しやすい。何より主人公の設定がストーリー的にうまく機能している。この主人公だからこそ、このストーリーが生きたという感じである。
ラストのちょっとしたサプライズも後味がよく、読んで損はない一冊。カジタツファンであればもちろん必読である。
なお、日記の部分と金谷老人の補足部分が一行空きぐらいで流されるのは、けっこう紛らわしい。文体が変わるとはいえ、最初はちょうど詩まで挿入されたりするものだから、うっかり日記のつもりでしばらく読んでしまったよ(笑)。復刻される徳間文庫では罫線入れるとか、多少何か処理されていると親切かも。まあ、原作の形を崩すわけにはいかないから、それは無理な注文か。
こんな話。若手編集者の“私”は、上野近辺の小さな飲み屋で金谷という老人と知り合いになり、ある時、若い頃に推理小説になりそうな体験をしたと聞かされる。その頃の日記があるというので、“私”はさっそくそれを読ませてもらったが……。
ということで、本編では金谷青年が語り手となり、ある事件の顛末が語られる。金谷は当時、仙台にあった
旧制二高に入学し、寮生活を送っていた。特に親しくしていたのは同級生の掘分、そして掘分の下宿先である大平先生の一家や知人であった。ところがある日、掘分の自殺事件が起こり……というのが序盤の展開だ。

著者の青春ミステリは多いけれども、とりわけ旧制高校やその時代を舞台にした作品は傑作が揃っており、本作もなかなか悪くない。
掘分の死の背後にあるものは何か。時代ゆえの思想や政治的な問題が見え隠れするものの、それは作品に厚みを与えつつも、実は著者の狙うところではないだろう。むしろ素直に、複雑な時代に生きた若者の葛藤や悩みを描くことに著者の目は注がれているのではないか。
主人公の金谷は旧制高校の生徒には珍しく、意外にノンポリ系で、しかも純朴さがまだ残っている。そんな彼が時代の波に洗われ、次第に社会の裏を知り、大人になっていく様子(けどなりきれない)が鮮やかに描かれ、梶龍雄の巧さを再認識させてくれる。
謎解きミステリとしては、他の旧制高校シリーズに比べると、やや落ちるかもしれない。
青春ミステリではあるけれど、登場人物に学生は意外に少なく、歴史学者の大平一家を中心にした上流階級と労働者、官憲などさまざまな立場、思想の人々が登場する。そして表面だけではわからない各人の正体が少しずつ明らかになり、物語の展開によって徐々に排除されていくため、ミステリとしてはどうしても先が読みやすくなってしまうのである。
構図的にはもともとシンプルなので、本格ミステリという観点では少し物足りなさが残った。
だが先に書いたように、不穏な時代を生きる青年を描いた青春ミステリとしては悪くない。ストーリーとしては動きもあって面白く読めるし、主人公も変に熱血的・政治的なキャラクターに設定されていないため(それがもどかしいところでもあるのだが)、読者としては共感しやすい。何より主人公の設定がストーリー的にうまく機能している。この主人公だからこそ、このストーリーが生きたという感じである。
ラストのちょっとしたサプライズも後味がよく、読んで損はない一冊。カジタツファンであればもちろん必読である。
なお、日記の部分と金谷老人の補足部分が一行空きぐらいで流されるのは、けっこう紛らわしい。文体が変わるとはいえ、最初はちょうど詩まで挿入されたりするものだから、うっかり日記のつもりでしばらく読んでしまったよ(笑)。復刻される徳間文庫では罫線入れるとか、多少何か処理されていると親切かも。まあ、原作の形を崩すわけにはいかないから、それは無理な注文か。
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