fc2ブログ
探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ウィンストン・グレアム『罪の壁』(新潮文庫)

 ウィンストン・グレアムの『罪の壁』を読む。
 著者は翻訳こそ何冊か出ているけれども、結局日本ではブレイクしなかった英国の作家である。しかしながら本国では五十冊以上の著作を出した人気作家で、本作はなんとCWAの第一回最優秀長篇賞受賞作。新潮文庫でスタートしたシリーズ「海外名作発掘 HIDDEN MASTERPIECES」のおかげでようやく陽の目を見たわけだが、リアルタイムで翻訳されていれば、もっといろいろ紹介されたかもしれない。それぐらいの力量はある作家だと思う。

 こんな話。画家になる夢を諦め、今はアメリカで航空機メーカーに勤めるフィリップ。そんな彼の元に考古学者である兄・グレヴィルの訃報が届く。しかし、その死因はアムステルダムの運河で身投げしたことによる溺死であり、その原因は女性関係にあるという。兄の性格を誰よりも知るフィリップは、とても兄がそんなことで自殺するとは信じられず、アムステルダムへ向かう。そこでフィリップは兄の右腕として仕事をしていた男、兄に別れを告げた女性の情報を入手し、さらにイタリアへ向かう……。

 罪の壁

 ああ、これはもう実に、実にオーソドックスな英国の伝統的冒険小説ではないですか。犯罪小説やスリラーという見方もできるだろうけれど、これはもう、しっかり英国の冒険小説。
 欠点もあるのだが、基本的には騎士道精神に溢れ、まっすぐだけれど融通の効かない主人公(笑)。意外に多い心理描写、描写は落ち着いているけれど実は過激なアクション、適度なロマンスとサスペンスとユーモア……そういったものがいい具合にブレンドされ、どの特徴一つとっても決してでしゃばるところがないバランスの良さ、それが英国の伝統的冒険小説の必須条件である。
 もちろん、これらの要素が低水準であればどうしようもないわけで、こういうさまざまな要素を高いレベルで満たしているからこそのバランスの良さである。まさに上質な大人の暇つぶし。

 本作もそういう水準を見事にクリアしており、読み応えはあるのだが、ちょっとケチをつけるとすれば、ややおとなしすぎる嫌いはある。終盤でこそ熱いシーンもあるのだが、3/4ほどはかなり静かな展開で、最近の冒険小説と比べると、若干の物足りなさは否めない。描写が丁寧すぎるのが逆効果になっているところもあるだろう。
 ただ、書かれた時代を考慮すると、それは仕方ないところだろう。むしろ本作は現代的な英国冒険小説の走りとも言えるわけで、むしろ本作があればこそ、その後の冒険小説、たとえばディック・フランシスなどが登場したということもできる。

 強い刺激を望む向きにはちょい薄味かもしれないが、薄味ながら出汁はしっかり出ており、そんな上品な冒険小説でもある。決して読んで損はしないはずだ。


Comments

Edit

fontankaさん

『消えた妻』だけはまだ『リーダーズダイジェスト』でしか読めないんですよね。これがポケミスとかなら買ってみようかな、とかなるのですが、抄訳はちょっと二の足を踏んでしまいます。でも達者な作品ということならちょっと気になりますね。

Posted at 19:29 on 11 15, 2023  by sugata

Edit

リーダースダイジェストで、グレアムの「消えた妻」(要訳)を読みました。
要訳なんで、ちょっと物足りないところがありますが、
達者でした。

Posted at 19:08 on 11 15, 2023  by fontanka

Edit

fontankaさん

そうそう、ラストの余韻がいいんですよね。確かに『第三の男』を彷彿とさせます。
今の若い人が読むと、刺激が少なかったり、ゆるかったり感じるのでしょうが、
これこそが伝統的な英国の冒険小説であり、「大人の嗜み」という感じがします。

Posted at 20:58 on 08 30, 2023  by sugata

Edit

私の感想のurl張らせていただきました。
既読の方へのコメントとしては、

もう最初から、ああ、「謎の女の影」とか、古典的だなぁと思いました。
アムステルダムの運河で事件が起こり(アーロン・エルキンズにもあったな)
「自殺であるわけがない」と、探るとか、〇〇が怪しいとか、お決まりな感じがあれど、オッケーと思わせる雰囲気ありまくり。
(レオニーが「めまい」のキム・ノヴァクが重なってしまい・・・・)

謎解きは、そこまで意外性はなかったけれど、良いと思ったのは、レオニー(と彼)にに対するラストの「助言」

責任をはたさなくてはと思うレオニーが、変わるシーンに、
小説版の「第三の男」のラストシーン 「二人が歩いていく姿」を見たようなきがしました。

Posted at 20:09 on 08 30, 2023  by fontanka

« »

02 2024
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 - -
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー