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辻真先『仮題・中学殺人事件』(創元推理文庫)
辻真先の『仮題・中学殺人事件』を読む。齢九十を超えるというのに、新作を発表し続ける著者の旺盛な執筆意欲には恐れ入るばかりだが、本作はその原点。なんと五十年前に書かれたミステリデビュー作である。
こんな話。プロローグで前口上を披露するのは、推理作家を目指す駆け出しの若者。彼は宣言する。この作品の真犯人は「読者であるきみ」なのだと。ミステリ史上かつてない試みは果たして成功するのか?
そして、作品の幕が開いた。人気漫画の原作者が殺害されるという事件が起こり、二人の少女漫画家に容疑がかけられる。容疑者二人にインタビューすることになった夕刊紙の記者可能克郎は、漫画ファンの妹キリコ、そしてそのボーイフレンドの牧薩次を連れて彼女たちを訪ねたが……。

とにかく売りは「読者が犯人」であるということ。そんなことが可能なのかというそもそもの疑問もあるし、また、冒頭でそれを自らネタバレして大丈夫なのかという心配もある。見掛け倒しにならなきゃいいが、と不安な気持ちで読み始めた。
結果からいうと、非常にトリッキーな作品であることは間違いなく、著者のチャレンジとアイデアは素直に評価したい。だが傑作かといわれると、ちょっと違うかなという気もする。
まず「読者が犯人」という前代未聞のトリック。これについては確かに成立はしているけれども、なんというか字義そのままに受けとめることは難しい。しかしながら、冒頭の「読者が犯人」という宣言自体が伏線になっていること、短編を作中作として使った入れ子の構造など、構成はお見事だ。二重三重に捻った展開はメタミステリとして面白い趣向だろう。
しかし、それだけに「読者が犯人」というのはやはり勇み足である。面白いネタではあるけれど、ごくごく限られた条件での「読者が犯人」では興醒めで、ただの屁理屈のように感じてしまう。こういう逃げ方はフランスミステリの叙述トリックでよく見かけるような気がする。
とはいえ「読者が犯人」と謳わなければ、それでも十分だったかもしれない。それ以上に気になったのが、文体と内容の軽さである。
もしかすると主人公の設定や文体は版元の意向もあったのかもしれないが、正直、これは読んでいて辛かった。読み手のこちらが歳を食ったせいとかではなく、著者が当時の子供向けドラマやアニメのノリをそのまま用いている感じ。アニメとかであれば誇張された表現も気にならないが、活字でそれを再現されるとなんとも気持ち悪く、結果、大人から見ても子供から見ても不自然な会話しかない。
書かれた時代ゆえ仕方ないところはあるのだが、それにしても容姿や社会的弱者、少数派、地方への差別的発言も多く、おまけに被害者である子供への敬意もないことも読んでいて不快だった。もちろん、それがテーマで問題提議したかったのであれば話は別だが、本作ではただ欠点を笑いのネタにしているだけ。それでいて動機は瑣末なことを深刻に受け止めすぎての犯行だったりするので、登場人物たちの倫理観や善悪のバランスがあまりにも不可解である。終盤になってしんみりする場面も出てきたりするが、悲しむべきはそこじゃあないだろうという感は強い。もう少し登場人物の設定や感情表現などの不自然な点をきちんと見直してほしかった。
ということで、当たり前の話だが、ミステリといえども、どんな優れたトリックを使っていようとも、やはり小説としての完成度は重要である。著者の得意な分野を活かしたかったのだろうけれど、それが裏目に出たか。
こんな話。プロローグで前口上を披露するのは、推理作家を目指す駆け出しの若者。彼は宣言する。この作品の真犯人は「読者であるきみ」なのだと。ミステリ史上かつてない試みは果たして成功するのか?
そして、作品の幕が開いた。人気漫画の原作者が殺害されるという事件が起こり、二人の少女漫画家に容疑がかけられる。容疑者二人にインタビューすることになった夕刊紙の記者可能克郎は、漫画ファンの妹キリコ、そしてそのボーイフレンドの牧薩次を連れて彼女たちを訪ねたが……。

とにかく売りは「読者が犯人」であるということ。そんなことが可能なのかというそもそもの疑問もあるし、また、冒頭でそれを自らネタバレして大丈夫なのかという心配もある。見掛け倒しにならなきゃいいが、と不安な気持ちで読み始めた。
結果からいうと、非常にトリッキーな作品であることは間違いなく、著者のチャレンジとアイデアは素直に評価したい。だが傑作かといわれると、ちょっと違うかなという気もする。
まず「読者が犯人」という前代未聞のトリック。これについては確かに成立はしているけれども、なんというか字義そのままに受けとめることは難しい。しかしながら、冒頭の「読者が犯人」という宣言自体が伏線になっていること、短編を作中作として使った入れ子の構造など、構成はお見事だ。二重三重に捻った展開はメタミステリとして面白い趣向だろう。
しかし、それだけに「読者が犯人」というのはやはり勇み足である。面白いネタではあるけれど、ごくごく限られた条件での「読者が犯人」では興醒めで、ただの屁理屈のように感じてしまう。こういう逃げ方はフランスミステリの叙述トリックでよく見かけるような気がする。
とはいえ「読者が犯人」と謳わなければ、それでも十分だったかもしれない。それ以上に気になったのが、文体と内容の軽さである。
もしかすると主人公の設定や文体は版元の意向もあったのかもしれないが、正直、これは読んでいて辛かった。読み手のこちらが歳を食ったせいとかではなく、著者が当時の子供向けドラマやアニメのノリをそのまま用いている感じ。アニメとかであれば誇張された表現も気にならないが、活字でそれを再現されるとなんとも気持ち悪く、結果、大人から見ても子供から見ても不自然な会話しかない。
書かれた時代ゆえ仕方ないところはあるのだが、それにしても容姿や社会的弱者、少数派、地方への差別的発言も多く、おまけに被害者である子供への敬意もないことも読んでいて不快だった。もちろん、それがテーマで問題提議したかったのであれば話は別だが、本作ではただ欠点を笑いのネタにしているだけ。それでいて動機は瑣末なことを深刻に受け止めすぎての犯行だったりするので、登場人物たちの倫理観や善悪のバランスがあまりにも不可解である。終盤になってしんみりする場面も出てきたりするが、悲しむべきはそこじゃあないだろうという感は強い。もう少し登場人物の設定や感情表現などの不自然な点をきちんと見直してほしかった。
ということで、当たり前の話だが、ミステリといえども、どんな優れたトリックを使っていようとも、やはり小説としての完成度は重要である。著者の得意な分野を活かしたかったのだろうけれど、それが裏目に出たか。
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