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ジョルジュ・シムノン『サン=フォリアン教会の首吊り男』(ハヤカワ文庫)
久しぶりにメグレものを読んだらあまりに酔えたので、もう一冊読むことにする。これも新訳で出たばかりの『サン=フォリアン教会の首吊り男』である。
まずはストーリー。メグレ警視がブリュッセルでベルギー警察との協議を終え、空き時間にカフェに入った時のことだった。いかにも失業者然とした男がポケットから札束を出し、それを無造作に小包にし始めたのだ。やがて男はそれを郵便局で普通の小包としてパリに送り、さらには安物のトランクケースを買うとアムステルダム行きの列車に乗り込んだ。
男の不自然な行動に犯罪の匂いを嗅ぎ取ったメグレは、思わずそのあとを追っていた。男と同じトランクケースを買い、途中でトランクケースをすり替えることまでやって、男の跡を追っていく。ところが鞄がすり替わっていることに気づいた男は拳銃自殺を図る。驚いたメグレはトランクケースを開けてみるが、そこには古びたスーツが一着入っているだけだった……。

これまた素晴らしい。渋さが光る円熟味豊かな『メグレと若い女の死』もいいが、本作のような初期の比較的派手な作品もよく、メグレを初めて読むならオススメの一冊といえるだろう。
オススメとはいっても、なんせメグレものなので、謎解きの面白さがあるわけではない。派手な作品などと書いてはいるが、それもあくまでメグレシリーズの中での話である。では何が魅力なのかというと、先が読みにくミステリアスなストーリーと、メグレと犯罪者との圧倒的な心理戦にある。
序盤は何が起こっているのか、本当に理解できない。自殺した男の正体は? 彼の行動の意味は? メグレもそこに苦慮するが、しつこく事実を追ううち、メグレの周囲にきな臭い出来事が起こり、事件関係者が炙り出されてくる。そしてついにはメグレ自身にも身の危険が及ぶ。
ところが、ここまできてもなお事件の内容は不明なのだ。それでも前進するメグレの執念。その圧が事件関係者に激しいプレッシャーを与え、関係者もあの手この手で抵抗する。探偵と犯人との対決を描くミステリなど星の数ほどあるだろうが、この緊張感はシムノンならでは。激しいアクションや直接的な心理描写がほとんどないのに、ここまで迫力を感じさせてくれる作家はなかなかいないだろう。
これだけで終わっても満足いく作品なのだが、それとはまた別の意味で二つのシーンが印象に残る。一つは部下リュカに宛てて捜査状況を手紙に書くシーン。手紙には半分遺書のような意味合いもあり、それをさらっと書いてしまうところにメグレの人生観がうかがえて興味深い。
そして、もう一つはラストでリュカと事件について話すシーンである。こちらもまたメグレの人生観や人柄を表すものであり、同時に当時のミステリファンには相当なインパクトがあったのではないだろうか。
シムノンの作品は未訳も多いので、当然そちらも期待したいところだが、なんせ絶版が多いメグレものだけに、こうした新訳も悪くない。好きな作家なので古本でガシガシ集めてはいるが、こういう素晴らしい作品の数々が入手しにくい状況は非常に悲しい。ぜひ版権をお持ちの版元さんには頑張ってもらいたいものだ。
まずはストーリー。メグレ警視がブリュッセルでベルギー警察との協議を終え、空き時間にカフェに入った時のことだった。いかにも失業者然とした男がポケットから札束を出し、それを無造作に小包にし始めたのだ。やがて男はそれを郵便局で普通の小包としてパリに送り、さらには安物のトランクケースを買うとアムステルダム行きの列車に乗り込んだ。
男の不自然な行動に犯罪の匂いを嗅ぎ取ったメグレは、思わずそのあとを追っていた。男と同じトランクケースを買い、途中でトランクケースをすり替えることまでやって、男の跡を追っていく。ところが鞄がすり替わっていることに気づいた男は拳銃自殺を図る。驚いたメグレはトランクケースを開けてみるが、そこには古びたスーツが一着入っているだけだった……。

これまた素晴らしい。渋さが光る円熟味豊かな『メグレと若い女の死』もいいが、本作のような初期の比較的派手な作品もよく、メグレを初めて読むならオススメの一冊といえるだろう。
オススメとはいっても、なんせメグレものなので、謎解きの面白さがあるわけではない。派手な作品などと書いてはいるが、それもあくまでメグレシリーズの中での話である。では何が魅力なのかというと、先が読みにくミステリアスなストーリーと、メグレと犯罪者との圧倒的な心理戦にある。
序盤は何が起こっているのか、本当に理解できない。自殺した男の正体は? 彼の行動の意味は? メグレもそこに苦慮するが、しつこく事実を追ううち、メグレの周囲にきな臭い出来事が起こり、事件関係者が炙り出されてくる。そしてついにはメグレ自身にも身の危険が及ぶ。
ところが、ここまできてもなお事件の内容は不明なのだ。それでも前進するメグレの執念。その圧が事件関係者に激しいプレッシャーを与え、関係者もあの手この手で抵抗する。探偵と犯人との対決を描くミステリなど星の数ほどあるだろうが、この緊張感はシムノンならでは。激しいアクションや直接的な心理描写がほとんどないのに、ここまで迫力を感じさせてくれる作家はなかなかいないだろう。
これだけで終わっても満足いく作品なのだが、それとはまた別の意味で二つのシーンが印象に残る。一つは部下リュカに宛てて捜査状況を手紙に書くシーン。手紙には半分遺書のような意味合いもあり、それをさらっと書いてしまうところにメグレの人生観がうかがえて興味深い。
そして、もう一つはラストでリュカと事件について話すシーンである。こちらもまたメグレの人生観や人柄を表すものであり、同時に当時のミステリファンには相当なインパクトがあったのではないだろうか。
シムノンの作品は未訳も多いので、当然そちらも期待したいところだが、なんせ絶版が多いメグレものだけに、こうした新訳も悪くない。好きな作家なので古本でガシガシ集めてはいるが、こういう素晴らしい作品の数々が入手しにくい状況は非常に悲しい。ぜひ版権をお持ちの版元さんには頑張ってもらいたいものだ。
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Comments
Edit
こんばんわ。メグレは10冊以上読んでいる気がします。やはり「黄色い犬」とか初期のものが好きですね。サン=フォリアンは角川文庫だったかな、旧訳で読みましたが、だいぶ前に処分したので新訳買ってみようかな。ちなみに、これをベースにした乱歩の「幽鬼の塔」はちょっとなんだかなあ、という読後感でした(笑)
Posted at 22:23 on 06 07, 2023 by anta_dareyanen@deredemonai
anta_dareyanen@deredemonaiさん
シムノン作品は疲れてくると読みたくなるというか、脳に潤い補給する感じです。
そうそう、『幽鬼の塔』はこれがベースでしたね。ただ、乱歩版では自分のせいで人が自殺しているのに、全然、悔恨している様子がなかったのが嫌な感じでした。「ちょっとなんだかなあ」というのはまったく同感です(笑)。
Posted at 22:53 on 06 07, 2023 by sugata