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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ボアロー、ナルスジャック『私のすべては一人の男』(早川書房)

 ボアロー&ナルスジャックの『私のすべては一人の男』を読む。
 ボアナルの中では比較的有名なレア作品であり、単に入手難度が高いだけでなく、内容に関してもけっこうなトンデモ度だとか、いやいや意外にちゃんと本格しているとか、さまざまな意見があるようだ。個人的には、本作がSFミステリであることに注目していたのだが、なんせフランスミステリだけに、著者がそこそこメジャーであっても実際読んでみないとわからないことも多いので、なるべく先入観を捨てて読み始めた。

 こんな話。ある時、パリ警視庁の警視総監から呼び出されたギャリックは特殊な任務を依頼される。それは医学博士のマレックが行う移植手術に関して、術後の患者たちを観察し、記録を取るというものだった。
 しかし、ただの移植手術ではない。処刑されたばかりの死刑囚の手足や頭部、臓器までをすべて同時に移植するというのである。犯罪者の肉体ということもあり、移植手術を待つ七人の患者に死刑囚の情報は伏せたまま手術は決行され、無事に成功したかに思われた。
 ところがやがて患者が精神に変調をきたし、一人また一人と自殺していった……。

 私のすべては一人の男

 なるほど、こういうネタだったのか。ようやく読んだという満足感もあるけれど、これは予想を超える面白さである。
 まずはその異様な設定とストーリーの展開に引き込まれる。臓器や手足を一人の人間から移植された患者たちのグループがいて、主人公は任務として患者たちに接するが、結局はさまざまな歪んだ自我と向き合わなければならず、この辺りはボアナルお得意の心理小説的な入りである。
 これだけでも相当アクの強い作品だが、中盤から患者の自殺が連続するという奇怪な展開になると、もう物語がどう転んでゆくのか見当もつかない。自殺の原因がそれこそSF的なものになるのか、それともまさか殺人だったりするのか。おまけに移植手術の裏に、実はある陰謀めいた秘密が隠されていたため、ますます混沌としてくる。
 そしてラストの謎解きである。ぶっ飛んだ真相ではあったが(笑)、実は「やられた」という気持ちも強い。というのも移植手術に関して素人でも気になる箇所があり(けっこう気づく人もいると思うが)、そこをうまく著者に誤魔化されて最後に真相を突きつけられた感じなのだ。これは悔しい。
 ただ、読者が日本人の場合、どうしても日本のある傑作を連想してしまうだけに(中身は全然違うけれど)、よけい騙されやすい気はする(苦笑)。

 本格ミステリとして、それなりに成立しているのもよい。フランスミステリにありがちなうねうねした展開や描写は少なく、意外なほどフォーマットに乗った、英米流の本格ミステリという印象だ。
 もちろん真相は先ほど書いたとおりぶっ飛んではいるし、確かに馬鹿ばかしい。まともな本格ミステリ読みの方は眉をひそめるかもしれないが、その真相を成立させるために筋は通している。これなら個人的には十分許容範囲である。

 ただ、臓器移植などを扱いながら、科学的・医学的なアプローチは少ないし、倫理的な問題もあるだろうから、これまで文庫化されなかった理由もわかる気がする。将来的にも文庫になるかどうかは怪しいところなので、樋口一葉ぐらいで見つかれば即購入してよいのではないだろうか(ただし、あくまで自己責任で)。

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Comments

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ポール・ブリッツさん

とにかくゲテモノゲテモノ言われていたので、読み終わると予想していたよりはるかにしっかりしていて面白い作品ですね。確かにゲテモノではありますが。
本格かSFかバカミスかはたまたホラーか、ジャンルにこだわるような作品でもないし、変なミステリを書く作家が多いフランスとはいえ、ボアナルクラスの作家でもこういうものを書いたんだという驚きもあり。本当に侮れません。

Posted at 22:08 on 12 06, 2023  by sugata

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追記

訳者あとがきにもあった、「ボアロー&ナルスジャック作品のベスト」という評については、これまで「悪魔のような女」「死者の中から」しか読んでいませんが、半分は同意します。普通の意味ではベストどころかですが、フランスミステリ界の「裏ベスト」は確実でしょう(笑)

Posted at 22:03 on 12 06, 2023  by ポール・ブリッツ

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読みました

なんだかんだいって、日本で誰もがうなずくあの傑作(笑)のほかにも、東野圭吾のホラーサスペンス「変身」とか、山田風太郎先生の忍法もの「忍法小塚ッ原」とかも「もしかしたらこれが元ネタ?」と思えるものがあって、意外に日本ミステリに与えている影響は大きいんじゃないかなどと考えました(笑)

そしてそんな形而上学的なところとは別に完全にメカニカルなところにオチをつけてくれるのも、「死者の中から」を思い出させてくれてボワナルの妙な律義さを感じました(笑)

自分的にはこれはバカミスとしてもSFとしても「アリ」な一品だと思うので、海外ノヴェルズではなく、ハヤカワSFシリーズかSF文庫で出してくれたら、第二版くらいは出てカルト的な人気作になってたんじゃないかな、と思うとちょっと残念……でもないか(笑)

最後まで読んで、いみじくも「困難は分割せよ」というミステリの金言を、ケンリック「スカイジャック」と同じくらいしみじみと噛み締めました。こういう話にするのかこのネタを……(笑)

Posted at 21:47 on 12 06, 2023  by ポール・ブリッツ

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ポール・ブリッツさん

一葉先生も笑って許してくれるような気がするんですがダメですか(笑)
最近の新刊やレアな古書の相場からすると、一葉先生でも二冊も買えないことが多いので、この辺りはもう気にならなくなりました。
ちなみに中身は当時はやはり相当問題作だたっと思いますが、今読むとさすがにそこまではいかず、むしろ好む人は多いのではないでしょうか。ただ、記事にも書きましたが、1つだけすごく気になるところがあって、そこが惜しいと思いました。
まあ、物語としても面白いので、ごく普通に読んでみるのがいいかと思います。

Posted at 16:38 on 08 16, 2023  by sugata

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あの滅多なことでは乱れないアントニー・バウチャーがクソミソに酷評した作品、と各務三郎先生の「ミステリ散歩」でネタにされていたから気にはなっていましたが、早速図書館で相互貸借のリクエスト送ってみますw さすがに一葉先生を投入するくらいなら焼肉きんぐでいちばん高いコース食べますw

Posted at 14:16 on 08 16, 2023  by ポール・ブリッツ

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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