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アン・クリーヴス『哀惜』(ハヤカワ文庫)
以前にSNSで創元推理文庫から出ているアン・クリーヴスの作品を勧められ、ではということで書店を見て回るが、これが意外と見つからない。リアルタイムで邦訳が進められている現代作家であるにもかかわらず、まったく見つからないのである。特別、レアな作品というわけではないので、ネット書店ではすぐに買えるが、まあそこまで慌てることはないと思っていたら、ちょうどタイミングよくハヤカワ文庫で『哀惜』が出たので、そちらから読むことにする。
こんな話。舞台はイギリス南西部に位置するデヴォン州ノース・デヴォン。その海岸で男の死体が発見された。マシュー・ヴェン警部は部下のジェンやロスらと共に捜査を開始し、男が最近町にへやってきたサイモンで、マシューのパートナーが運営する、障がい者を支援する複合施設でボランティアをしていたことが明らかになる。また、サイモンはかつて交通事故で子供を死なせており、その影響でアルコール依存症になり、気難しい性格だったとようだ。
やがてその施設で働くダウン症の女性が行方不明になり、両者の事件の関係性が浮かび上がる……。

一見、穏やかに見える田舎町にも、水面下では複雑な人間関係が絡み合い、隠された醜聞がある。刑事たちは好むと好まざるにかかわらず、もつれた糸を少しずつ解きほぐし、そんな秘密を白日の下に晒さなければならない。設定としては典型的な地方を舞台にした警察小説であり、著者は刑事たちの行動や思想を通じて、人間の愚かさや怖さを炙り出す。すでにベテランの域にある著者らしく、語りは落ち着いていて、捜査の過程をじっくりと描く手際がよい。
キャラクターの描き方も悪くない。際立った存在はいないので、ちょっと物足りない部分は感じられるが、みなそれぞれにリアリティがある。また、人物描写を通して、著者ならではの主張がここかしこに感じられて興味深い。マシューとジェン、ロスら刑事たちの関係、障がい者を抱える家族、夫婦の力関係、宗教観や差別観などなど、いくつか場面では必ずしも公平に描くのではなく、犯罪者でなくとも人の心を乱す者に対しては密かに厳しい書き方をする。著者の正義感はこの暗めの物語にあって、いっときの灯りのようにも感じられるし、マシューやジェンの目を通して人のあるべき姿を問題提議しているようにも思える。
ただ、時折差し込まれる太字による心理描写の強調は気になった。ボリュームのある作品だし、基本的には静かな作品なので、それだけに太字は少々違和感がある。意図はわかるのだけれど、この演出はやや勇み足の感あり。
まとめ。描写が丁寧で、全般的には好ましい警察小説である。ただ、ボリュームが大きいのにかなり地味な作風なので、クリーヴスの一冊目としてはちょっと適さないかも。そういう管理人もこれが一冊目になったわけだが、これからクリーヴスを読もうという人は、まずは創元のペレス警部シリーズから試すといいかもしれない。
※ちなみに管理人はその後、リアル書店で残りのアン・クリーヴス作品をバタバタっとすべて購入することができた。『哀惜』の続刊に期待しつつ、それまではペレス警部シリーズをぼちぼち読んでいくことにしよう。
こんな話。舞台はイギリス南西部に位置するデヴォン州ノース・デヴォン。その海岸で男の死体が発見された。マシュー・ヴェン警部は部下のジェンやロスらと共に捜査を開始し、男が最近町にへやってきたサイモンで、マシューのパートナーが運営する、障がい者を支援する複合施設でボランティアをしていたことが明らかになる。また、サイモンはかつて交通事故で子供を死なせており、その影響でアルコール依存症になり、気難しい性格だったとようだ。
やがてその施設で働くダウン症の女性が行方不明になり、両者の事件の関係性が浮かび上がる……。

一見、穏やかに見える田舎町にも、水面下では複雑な人間関係が絡み合い、隠された醜聞がある。刑事たちは好むと好まざるにかかわらず、もつれた糸を少しずつ解きほぐし、そんな秘密を白日の下に晒さなければならない。設定としては典型的な地方を舞台にした警察小説であり、著者は刑事たちの行動や思想を通じて、人間の愚かさや怖さを炙り出す。すでにベテランの域にある著者らしく、語りは落ち着いていて、捜査の過程をじっくりと描く手際がよい。
キャラクターの描き方も悪くない。際立った存在はいないので、ちょっと物足りない部分は感じられるが、みなそれぞれにリアリティがある。また、人物描写を通して、著者ならではの主張がここかしこに感じられて興味深い。マシューとジェン、ロスら刑事たちの関係、障がい者を抱える家族、夫婦の力関係、宗教観や差別観などなど、いくつか場面では必ずしも公平に描くのではなく、犯罪者でなくとも人の心を乱す者に対しては密かに厳しい書き方をする。著者の正義感はこの暗めの物語にあって、いっときの灯りのようにも感じられるし、マシューやジェンの目を通して人のあるべき姿を問題提議しているようにも思える。
ただ、時折差し込まれる太字による心理描写の強調は気になった。ボリュームのある作品だし、基本的には静かな作品なので、それだけに太字は少々違和感がある。意図はわかるのだけれど、この演出はやや勇み足の感あり。
まとめ。描写が丁寧で、全般的には好ましい警察小説である。ただ、ボリュームが大きいのにかなり地味な作風なので、クリーヴスの一冊目としてはちょっと適さないかも。そういう管理人もこれが一冊目になったわけだが、これからクリーヴスを読もうという人は、まずは創元のペレス警部シリーズから試すといいかもしれない。
※ちなみに管理人はその後、リアル書店で残りのアン・クリーヴス作品をバタバタっとすべて購入することができた。『哀惜』の続刊に期待しつつ、それまではペレス警部シリーズをぼちぼち読んでいくことにしよう。