Posted
on
カトリオナ・ウォード『ニードレス通りの果ての家』(早川書房)
カトリオナ・ウォードの『ニードレス通りの果ての家』を読む。帯を見ると「スティーヴン・キング〜絶賛」とか「英国幻想文学大賞」受賞とか景気のいい文々が踊っているし、とはいえ、キング絶賛はあまり当てにならないことが多いのだけれど(苦笑)、それでも目を惹くことは間違いないし、何よりホラーというよりミステリ寄りの内容らしいことも噂に聞いていたので、気になっていた一冊である。
こんな話。暗い森の入り口にある家に一人で住む男・テッド。精神疾患を患っているらしく、屋根裏に緑色の多数の小人が住んでいるとか、幻覚なども見ているようだが、家の中はめちゃくちゃだが、それでも一匹の黒猫・オリヴィアを飼って、最低限の暮らしは保っている。
時には娘と思しきローレンという少女が訪ねてくる。わがまま放題の娘だが、これまた最低限の交流を経て、何日か泊まり込んではまたどこかへ帰ってゆく。
ある日、テッドの近所に一人の女性・ディーがやってくる。彼女はハイテォーンの頃に妹が失踪しており、いまだ事件は未解決のままだった。その事件のせいで一家は崩壊、ディーは天涯孤独の身の上となる。しかし彼女は妹は誘拐されたと固く信じており、一人で妹の行方を探し続けている。その調査の線上に浮かび上がったのがテッドだった。かつてテッドは容疑者の一人だったが、証拠は一切なく、放免されていたのである。ディーは密かにテッドの家を監視することにしたが……。

これは強烈な一作だ。こうやってストーリーの序盤だけ見ると、よくあるサイコサスペンスのように思えるのだが、読み始めるとただのサスペンスでないことはすぐにわかる。
まず本作には、多くの語り手がいる。テッド、ローレン、ディー、さらには猫のオリヴィア。そして始末の悪いことに、全員がいわゆる「信頼できない語りで」である。ストーリーは彼らが交互に語って進められるが、それぞれの内容は微妙に辻褄があわない。やがて少しずつアンバランスな出来事が起こり、今もなお異常な何かが続いているのではないかという気配が濃厚になる。この不穏な空気感が前半を圧倒的に支配して、とにかく読ませる。
テッドは幻覚だけでなく、ときおり記憶が欠落するときもあってヤバさに輪をかけているが、ローレンも奇妙な存在である。彼女はどこから来てどこへ帰るのか明らかにされておらず、もしかすると離婚した元妻がいて、そこから通っているのかと最初は思ったが、期間もバラバラで、しかも決してテッドとの関係は良好でなく、それでいてテッドは基本的にローレンを甘やかしているから(そのくせ虐待もする)、これまた考えるほど本当の関係がわからなくなる。
猫のオリヴィアの視点もすごい。猫の視点があるだけでもどうかと思うのだが、なんと別人格(猫格?)を持っているらしく、しかも〈主〉にある使命を担わされている。この辺の真相もまったく序盤では見当もつかない。
そして唯一、現実を生きている感のあるディーだが、彼女も妹を愛するあまり偏執狂的な行動をとる。テッドは確かに怪しい人物だが、妹の事件に関しては容疑が晴れているにもかかわらずテッドを犯人と決めてしまっている。そのため最初は協力的だった刑事も次第に離れていく。
どうだろう。なかなかにぶっ飛んだ設定ではないですか。
これらのことが早い視点切り替えでどんどん語られるため、最初はなかなか状況が把握できないのだが、何となく状況を理解した頃になると物語も中盤。するとそこから少しずつ何が起こっているのか、著者が事実を明らかにしていく。
といっても名探偵の謎解きのように明快ではなく、ここでも読者がしっかり想像力を働かせていかなければならない。一つの事実が明らかになるたび、ガラリと様相が変化する後半は静かながらも怒涛の展開で、この語りの加減が絶妙なのだ。
終わってみれば、ああ、このネタだったのかとやや脱力もするのだが、上で書いたように「語り」が上手いし、構成も非常によく考えられているので、決して失望はしないはずだ。
また、不条理で陰惨な物語ではあるが読後感は意外なほど悪くなく、希望の感じられるラストにも救われる思いがしてよかった。
こんな話。暗い森の入り口にある家に一人で住む男・テッド。精神疾患を患っているらしく、屋根裏に緑色の多数の小人が住んでいるとか、幻覚なども見ているようだが、家の中はめちゃくちゃだが、それでも一匹の黒猫・オリヴィアを飼って、最低限の暮らしは保っている。
時には娘と思しきローレンという少女が訪ねてくる。わがまま放題の娘だが、これまた最低限の交流を経て、何日か泊まり込んではまたどこかへ帰ってゆく。
ある日、テッドの近所に一人の女性・ディーがやってくる。彼女はハイテォーンの頃に妹が失踪しており、いまだ事件は未解決のままだった。その事件のせいで一家は崩壊、ディーは天涯孤独の身の上となる。しかし彼女は妹は誘拐されたと固く信じており、一人で妹の行方を探し続けている。その調査の線上に浮かび上がったのがテッドだった。かつてテッドは容疑者の一人だったが、証拠は一切なく、放免されていたのである。ディーは密かにテッドの家を監視することにしたが……。

これは強烈な一作だ。こうやってストーリーの序盤だけ見ると、よくあるサイコサスペンスのように思えるのだが、読み始めるとただのサスペンスでないことはすぐにわかる。
まず本作には、多くの語り手がいる。テッド、ローレン、ディー、さらには猫のオリヴィア。そして始末の悪いことに、全員がいわゆる「信頼できない語りで」である。ストーリーは彼らが交互に語って進められるが、それぞれの内容は微妙に辻褄があわない。やがて少しずつアンバランスな出来事が起こり、今もなお異常な何かが続いているのではないかという気配が濃厚になる。この不穏な空気感が前半を圧倒的に支配して、とにかく読ませる。
テッドは幻覚だけでなく、ときおり記憶が欠落するときもあってヤバさに輪をかけているが、ローレンも奇妙な存在である。彼女はどこから来てどこへ帰るのか明らかにされておらず、もしかすると離婚した元妻がいて、そこから通っているのかと最初は思ったが、期間もバラバラで、しかも決してテッドとの関係は良好でなく、それでいてテッドは基本的にローレンを甘やかしているから(そのくせ虐待もする)、これまた考えるほど本当の関係がわからなくなる。
猫のオリヴィアの視点もすごい。猫の視点があるだけでもどうかと思うのだが、なんと別人格(猫格?)を持っているらしく、しかも〈主〉にある使命を担わされている。この辺の真相もまったく序盤では見当もつかない。
そして唯一、現実を生きている感のあるディーだが、彼女も妹を愛するあまり偏執狂的な行動をとる。テッドは確かに怪しい人物だが、妹の事件に関しては容疑が晴れているにもかかわらずテッドを犯人と決めてしまっている。そのため最初は協力的だった刑事も次第に離れていく。
どうだろう。なかなかにぶっ飛んだ設定ではないですか。
これらのことが早い視点切り替えでどんどん語られるため、最初はなかなか状況が把握できないのだが、何となく状況を理解した頃になると物語も中盤。するとそこから少しずつ何が起こっているのか、著者が事実を明らかにしていく。
といっても名探偵の謎解きのように明快ではなく、ここでも読者がしっかり想像力を働かせていかなければならない。一つの事実が明らかになるたび、ガラリと様相が変化する後半は静かながらも怒涛の展開で、この語りの加減が絶妙なのだ。
終わってみれば、ああ、このネタだったのかとやや脱力もするのだが、上で書いたように「語り」が上手いし、構成も非常によく考えられているので、決して失望はしないはずだ。
また、不条理で陰惨な物語ではあるが読後感は意外なほど悪くなく、希望の感じられるラストにも救われる思いがしてよかった。
Comments
Edit
編集長様(いまだこう呼ばせていただきます)、拝読し読みたくなり図書館に予約しました。なんと一冊あるのです。
ボッシュもハラーも順調で、お陰様で充実しています。
1週間の出張にはアンソニー・ホロビッツを持っていく予定です。
ではまた。
Posted at 09:53 on 09 10, 2023 by 杣人
杣人さん
これは面白いですよ。実はそれほど斬新なアイデアではないのですが、アレンジや構成・文章がうまくて見事にやられました。
ただ、けっこう1章ずつが短いうえに、語り手もどんどん変わりますから、できれば一気に読んでしまいたい一冊です。
Posted at 14:39 on 09 10, 2023 by sugata