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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


鈴木悦夫『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』(中公文庫)

 何年か前にTwitterで少し話題になっていたジュヴナイル・ミステリ、鈴木悦夫の『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』が復刊されたというので読んでみた。解説が松井和翠氏だというのもびっくりで、復刊を知ったのも確か氏のXでの書き込みだったように思う。

 こんな話。カメラマンの中道勇一郎は妻の由美子、長女で高校二年生の一美、長男で中学二年生の行一、次男で小学六年生の省一の五人家族である。仕事に使うスタジオを備えた新居へ引っ越したばかりである。そこへ勇一郎の友人でCMの演出家をしている西浦尚平が、スタッフを連れて訪ねてきた。
 絵に描いたように幸せそうな中道一家を、一年がかりで撮影し、《幸せな家族》というシリーズのCMにしたいのだという。由美子は少し渋ったものの、最終的には賛成し、中道家の暮らしにCMスタッフが出入りするようになった。
 ところが肝心の勇一郎が仕事で忙しく、撮影は今ひとつ順調に進まない。そしてようやく勇一郎が撮影に参加できることになった日の朝、彼は死体で発見される……。

 幸せな家族
▲鈴木悦夫『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』(中公文庫)【amazon

 なかなかネット上での評判が良かったものの、それはあくまでジュヴナイルというフィルターを通しての感想だと思っていたのだが、いやあ、これは確かに一読の価値がある。そもそも語り手が小学生というだけで、これはジュヴナイルというより、むしろ大人が読むべき小説ではないか。ただ、傑作というような印象ではなく、個人的には異色作とか怪作とか、そういう形容の方がふさわしいようにも思う。

 とにかく強烈な作品であることは間違いないのだが、個人的にそう感じた理由は二つある。
 ひとつはミステリとしてのスタイル・構成・大ネタである。ミステリにちょっと詳しい人なら、本作がクリスティの代表作のアレとアレを足して割ったような構成であることはすぐにわかると思う。この有名な作品のスタイルを借り、かつ物語の語り手を次男の小学生、省一にすることで、読者はすでに嫌な先入観を持ってしまう。著者の狙いは悪質である。
 しかし、そうはいってもジュヴナイルである。探偵小説とは論理が恐怖を鎮める物語である、とかいうような言葉もあるように、もし悲しい物語であったとしても、ラストには読者の子供たちに知的好奇心を満足させ、希望を与えるような本格ミステリ的なエンディングが待っていると思っていた。しかし、そんな大団円などはなく、本作はスリラーに終始する。ここにも著者の悪意が窺える。
 このミステリの型、ジュヴナイルの型といってもいいのだが、それをジュヴナイルにおいて壊すところに本作の大きな意味がある。

 ただ、実はミステリとしてどうこうではなく、本作が本当に強烈な理由はもうひとつの方だ。といっても結局はジュヴナイルの型を壊すことにも関連はするのだが、それが《幸せな家族》というテーマそのものであり、その描き方である。
 CM撮影に起用された幸せな家族は、本当に幸せな家族なのか。家族はカメラの前で幸せな家族を演じるが、普段の生活が演技ではないと誰が断言できるのか。そういう怖さがある。実際、著者の家族の描き方は非常に生々しく、特に人間のみっともない部分、いやらしい部分を見事に暴いている。
 語り手の省一などは特に兄に対してそういう気持ちを強く持っているのだが、その省一自身がよりモンスターであることに本人は気づいていない。そして省一をそうさせているのは、結局大人なのである。これもまた怖い。
 そして家族それぞれが持つそうした嫌な部分が連鎖する。同時にそれは家族の絆でもあるのだが、それが連続事件の鍵を握っているところが最も怖いのかもしれない。

 《幸せな家族》どころか、家族という概念すら幻想なのではないか。救われないラストに恐怖するのは、やはり大人の読者なのだろう。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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