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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


佐々木徹/編訳『英国古典推理小説集』(岩波文庫)

 佐々木徹の編訳によるアンソロジー『英国古典推理小説集』を読む。英国最初の長篇推理小説と言われる「ノッティング・ヒルの謎」をはじめ、英国推理小説の始まりを体感できる古典推理小説を集めた一冊。岩波文庫から出たことも相まって、昨年の刊行当時はミステリファンの間でかなり話題になったことも記憶に新しい。

 英国古典推理小説集
▲佐々木徹/編訳『英国古典推理小説集』(岩波文庫)【amazon

チャールズ・ディケンズ『バーナビー・ラッジ』第一章より
 (付)エドガー・アラン・ポーによる書評
ウォーターズ「有罪か無罪か」
ヘンリー・ウッド夫人「七番の謎」
ウィルキー・コリンズ「誰がゼビディーを殺したか」
キャサリン・ルイーザ・パーキス「引き抜かれた短剣」
G・K・チェスタトン「イズリアル・ガウの名誉」
トマス・バーク「オターモゥル氏の手」
チャールズ・フィーリクス「ノッティング・ヒルの謎」

 収録作は以上。もちろん「ノッティング・ヒルの謎」が目玉であるとは思うし、個人的にも最も読みたかった作品だが、ポーによる『バーナビー・ラッジ』書評も素晴らしい。なんせミステリを読み始めた頃から、ポーが作品完結前に書評で『バーナビー・ラッジ』の真相を当てたというエピソードは何度もガイドブックなどで読まされてきたのだ。その書評がついに読めるというのが嬉しいではないか。
 また、英国探偵小説の発展の跡を辿るという全体のコンセプトも非常に面白い。犯罪におけるセンセーショナルな部分だけに注目していた小説が、その犯罪に隠された謎を推理するという部分に興味の軸が移っていく様はなかなかに興味深く、考えれば実に特殊な発展を遂げたものである。
 ただ、そうは言っても英国の古典小説である。推理を興味の中心に置くようになっても、そこには犯罪者の心理や倫理的な問題などを絡め、人間そのものの存在を語ることを忘れてはおらず、そこがまた読み応えを高めてくれる。
 もちろん現代の推理小説と技術的な差を云々してもしょうがないわけではあるが、それでもポーの書評やあるいは「イズリアル・ガウの名誉」、「オターモゥル氏の手」の作品などは今でも十分に輝きを放っており、実に上質、かつ楽しめるな短篇集となっている。

 以下、各作品のコメントなど。
 『バーナビー・ラッジ』第一章よりと(付)エドガー・アラン・ポーによる書評は、遂に読めた(書評の方)という感慨もあるのだけれど、1841年に「モルグ街の殺人」を書いたばかりのポーが一年も経たないうちに、推理小説に関するしっかりした観点を持って書評していることに驚くしかない。「モルグ街の殺人」が発表されたばかりということは、つまり推理小説というジャンルが生まれたばかりであり、多くの人にはそんな認識すらない時代である。しかし、ポーは早くも推理小説におけるフェアプレイや可能性にも言及している。少なくとも五十年は人の先をいっていたとしか思えず、改めてポーの凄さを思い知らされた。

 ウォーターズの「有罪か無罪か」は英国警察に刑事課が誕生してまだ間もない1849年に発表された作品。刑事が手がけた事件を回想するというシリーズの一作で、まだ推理というには難しいところがあるにせよ、刑事や捜査を扱った小説としては最初期の作品のひとつであり、「クイーンの定員」にも選ばれている(なんとNo.2である)。
 現在はヒラヤマ探偵文庫から『ある刑事の回想録』、『ある刑事の冒険談』の二冊が出ており、これも考えるとすごいことである。同人ゆえ数に限りがあるため、興味のある方はお早めに(例えばこちらで購入可能である)。

 ヘンリー・ウッド夫人の「七番の謎」は、ジョニー・ロドロ少年(十五、六才ぐらい?)を主人公にした風俗小説のシリーズの短編で、1877年に発表された。シリーズ全部で九十作ほどあり、そのうちの十作ほどが犯罪がらみだという。
 英国で1800年代後半に流行ったセンセーショナル・ノベルらしく、館の住人や使用人の人間ドラマをベースに、メイドの不可思議な死の真相を追っている。主人公の心情、ロマンス、異常心理など、実ははいくつもの大きな主題が交錯するため、やや冗長なところや読後感が中途半端な感はあるけれども、語りに読者を引き込み力があって意外に楽しめる。

 「誰がゼビディーを殺したか」は1880年の発表。ウィルキー・コリンズの作品だけあって、さすがに上手さがぐっと上がってくる。意外性もあるけれど、やはり警察官の心情に重きが置かれている印象。

 キャサリン・ルイーザ・パーキス「引き抜かれた短剣」は1893年の発表。この頃にはシャーロック・ホームズも登場しており、その影響を色濃く受けた女性探偵ラヴデイ・ブルックの一作である。スタイルとしてホームズというお手本ができたせいか、推理小説として一気にこなれた印象。

 チェスタトンの「イズリアル・ガウの名誉」(1911)、トマス・バークの「オターモゥル氏の手」(1929)は今更説明の要もない傑作。両者とも結末の意外性だけでなく、いわゆる“奇妙な味”を備えた一品。とりわけ「オターモゥル氏の手」は独特の語りと犯人像が強烈すぎて、短篇のオールタイムベスト10ぐらいには間違いなく入れたい作品だ。

 トリを飾るのはチャールズ・フィーリクスの「ノッティング・ヒルの謎」。本作だけが長篇のため、発表順ではなく最後に置いたとのこと。発表されたのは1863年であり、時期的には「有罪か無罪か」と「七番の謎」の間にくる。
 保険金殺人を扱っていること、書簡や証言で構成された叙述スタイル、真相の意外性など、予想以上に古さを感じさせない作品で、これは嬉しい誤算であった。

Comments

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fontankaさん

まあ、急いで読むような本ではないですし、いいんじゃないでしょうか。しばらく積んでおいて、気持ちが向いたときにゆったりした精神状態で読む方がこの本には相応しいし、楽しめるような気がします。私は寝る前に一作ずつ、みたいな感じで読みました。

Posted at 21:46 on 01 25, 2024  by sugata

Edit

これも「積読本」です。
噂は聞いていて、夫が書店で見かけて(私が持っているかもしれないと思い購入せず)→私が店舗に行くが売れている→その次に書店で購入に至る
という本でした。

Posted at 20:12 on 01 25, 2024  by fontanka

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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