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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


森下雨村『青斑猫』(春陽文庫)

 森下雨村の『青斑猫』読了。
 本書は春陽文庫の名作再刊シリーズの一発目として刊行されたもので、当時はまだ復刻ブームというものがここまで大きくなっていなかったはず。個人的にもまだ古本買いを本格的にやっていなかった頃なので、けっこう書店で見たときの感激は大きかった。それを思うとずいぶん遠くへ来たものである。

 さて『青斑猫』の感想である。といっても内容紹介はこの際省いてしまおう。この時代の長編はもっぱら場当たり的なサスペンスものが多く、具体的な設定やらストーリーやらを書いても、さほど大きな意味があるとは思えない。
 さらに言ってしまえば、通常の評価基準で本書を紹介しても野暮なだけであろう。単にミステリという枠で本書を紹介するには、無理がありすぎる。登場人物たちの複雑きわまりない因縁、ほぼ皆無といってよい謎解き、ご都合主義の破天荒なストーリーなど、現代の基準ではとてもおすすめできるものではない。

 しかし、それが森下雨村のレベルが低いせいかというと、決してそんなことはないはずだ。昭和初期の日本においては、ミステリがまだ成熟している時代とはいえず、当時の探偵小説作家はガチガチの本格を書く余裕すらなかった。まずは探偵小説読者の底辺を広げること。これが初代「新青年」編集長森下雨村の狙いであり、そのためにも一般の読者に受け入れられやすい通俗的なスリラーをガンガン量産していったのである。しかも本書は初出が新聞の連載であり、読者を飽きさせないという大きな目的もあった。
 そういう背景を踏まえて読むと、森下雨村の探偵小説に対する情熱は、本書からひしひしと感じられるのである。とにかくストーリーが走りすぎるのには疲れてしまうが、読者を楽しませようという意識は並大抵ではなく、それゆえに読後の印象は、出来に比べてすこぶる良い。
 探偵小説黎明期の息吹を感じたい人は読むべし。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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