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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

マイクル・イネス『ストップ・プレス』(国書刊行会)

 『インサイドマン』を観る。デンゼル・ワシントン、クライヴ・オーウェン、ジョディ・フォスター、ウィレム・デフォーといった巧い役者をそろえ、知的ゲームとしての銀行強盗事件を楽しませてくれる、といった内容。スパイク・リー監督には珍しく完全な娯楽作品だが、細かい伏線や終盤のどんでん返しにも気を配っているのがよくわかり、なかなか頑張っている。十分に楽しめる力作。
 ただ、ミステリを普段から読み慣れている私のような人間にはともかく、アマゾンなどのレビューを見ていると、意外にストーリーを追えていない人が多くて驚いてしまった。まあ、娯楽映画とはいえ、適当に流してわかる内容ではないので、初見の人は油断しないで見るように。

 読了本はようやくのマイクル・イネス『ストップ・プレス』。夜、寝る前にちびちびと読んでいたのだが、結局十日ほどかかってしまった。ま、それはともかく。
 作家リチャード・エリオットによって誕生したミステリの主人公<スパイダー>。犯罪者から探偵へと華麗なる転身を遂げるという流れが功を奏してか、いつしかシリーズは37作もにも及ぶ大人気シリーズとなった。その<スパイダー>生誕20周年を記念してエリオットの屋敷で開かれるパーティ。だがそこへ、まるで<スパイダー>が小説から飛び出したかのような奇妙な事件が相次いで巻き起こる。不安におののく関係者は、学者や医者、そしてアプルビイ首席警部らを屋敷に招き、事件の解明を依頼するが……。

 世間で賛否両論あるのも頷ける問題作。ミステリを茶化すかのような奇抜な設定、構成、そして真相。ひとつひとつの要素をすくい出して語る分には悪くない。それらの要素をコメディタッチで語るのも全然問題なし(笑えるかどうかは抜きにして)。
 ただやはり冗長な印象は拭えない。退屈とは思わないが、ここまで手間暇かけて語るほどのストーリーでもあるまいし、著者の目指したところは何なのだろう? もしそれが純粋な娯楽であるとしたら、とても消化されているとは思えないし、ミステリのパロディとも考えにくい。もちろん純粋な本格でもない。
 ただ、もし本書が徹底的に刈り込まれて200ページぐらいの作品であったとしたら、またずいぶん印象は変わっていたようにも思う。余計な飾りを排した方が、本作の本来持っている軽みが生きたのではないだろうか。

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Comments
 
ポール・ブリッツさん

『アララテのアプルビイ』は未読ですが、それ以外の邦訳は読んでいます。で、これまでの印象をまとめても、実は未だ本来のイネスの姿というのがよく見えていません。
文学趣味、衒学趣味、ファース、スラップスティック……振り幅が大きすぎるうえに、内容も極端なものばかりです。個人的には『証拠は語る』がイネス標準であってほしいと思うのですが、ポール・ブリッツさんの書くように、大学教授が趣味で好きな話ばかり書いている、というのは案外的を射ているような気もします。
ただ笑いのセンスが、やはり一般庶民とずれているように思うのは私だけでしょうか(笑)。とりあえず『アララテのアプルビイ』、非常に気になりますな。早く読まなきゃ。
 
イネスは、「ある詩人への挽歌」「ハムレット復讐せよ」「ストップ・プレス」「アララテのアプルビイ」「証拠は語る」を読みました。
読んで思ったのですが、イネスはたしかに高名な教授で、高尚な文学的素養と趣味を持っていたとは思いますが、やりたかったのは要するに「ひたすらバカな話」だったのではないでしょうか。だからわたしは、「ハムレット復讐せよ」「ストップ・プレス」「アララテのアプルビイ」のほうが好みであります。世評高い「ハムレット復讐せよ」にしても、公平に見て、あれはそうとうバカな話です。真相はアレですし。
シチュエーションのバカなことでは、「アララテのアプルビイ」にとどめをさすでしょう。クローズド・サークルの小説では、一二を争うバカさぶりではないでしょうか。
「ある詩人への挽歌」にしても、邦訳では普通の平易な日本語になっていますが、イネスが狙ったのは、田舎言葉丸出しでしゃべる男を中心とした、落語の「金明竹」みたいな話だったのではないかと最近思っております。本を読んだのが二十年近く前ですから印象がだいぶ薄れてますけど。
そこらへんに、「大学教授が趣味で好きなことを書いた」感が漂って、わたしは好きなんですが……どうでしょう。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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