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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ピーター・ディキンスン『眠りと死は兄弟』(ハヤカワミステリ)

 ピーター・ディキンスンの『眠りと死は兄弟』読了。
 CWAのゴールド・ダガー賞2年連続受賞という実績のあるディキンスンだから、もちろんその作品のレベルは高いが、同時に大変ユニークな作品を書くことでも知られている。
 特に目立つのが、小宇宙とも言うべき、その奇妙な世界観。実際にはちょっとあり得ないような変な設定を作り出し、その中で事件を発生させる。おまけに文章も独特のリズムをもち、意識や場面の描写が微妙に入り交じる語り口など、読みにくさは尋常ではない。だからディキンスンの作品を読むときは、まずその作品世界に没入することから始めなければいけない。

 『眠りと死は兄弟』は、その方向性がいっそう強く出た作品だ。舞台となるのは、キャシプニーという眠り病にかかった子供たちを集めた施設。キャシプニーの患者は1日20時間も眠るようになり、特殊な治療を施さないと1年以内で死に至るという。この施設に警察を辞めたピブルが訪ねてくるところから物語は幕を開ける。
 元々は施設の資金繰りを調べるためにやってきたピブルだが、妙なことに気がつく。知能の発達が遅れた子供たちは、その代わりにテレパシーらしき能力が身についてるらしいのだ……。

 とにかく事件らしい事件が起きるわけでもなく、物語の大半はピブルが施設で出会うこれまた奇妙な人々との会話や議論、ピブルの思索で占められている。ましてや舞台はまるで時の流れが止まったかのような世界。このあまりにまったりした部分を楽しめるかどうかで本作の評価は大きく変わるに違いない。
 いわゆるペダンティズムとも違うし、議論的な会話でもない。退屈と言えば退屈なんだが(笑)、思索をそのまま具象化するというか、この思考のせせらぎみたいな語り口は個人的に嫌いではない。少なくともこのまま事件が起きなくてもいっこうにかまわないぐらいには楽しめる。

 ただ、それだけにミステリとしての要素はどうしても希薄である。一応、終盤になって本格としての骨格をかろうじて備えることに成功しているが、やはりミステリとしての評価を求められれば若干弱いといわざるを得ない。
 そんなわけで決して万人向けとは言えないディキンスンの作品だが、普通のミステリを読むのとはまた違った読書の楽しみがあるので、いっぱしのミステリファンを気取るなら、一度は読んでおいてもいいかも。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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